昭和風少女小説「恋はオニオン」
入学して初めての遠足、河原で飯ごう炊飯。目の前で同じ班になった翼が、一緒に石を集めて作ったばかりの釜戸に火を起こせずに手こずっている。
ねぇ、知ってる?私の胸は電車に乗っている時からドキドキで胸が一杯なんだよ?
私、倉科 愛梨、12歳。1月生まれの水瓶座。
自慢じゃないけど、ミレニアムに20歳になるラッキーガール。
身長152センチ、体重はもちろん秘密。目が大きいのがチャームポイント。肩まで伸びた髪を、今日はちょっぴり上の方で結んでる。
同じ班になったサッカー部の翼とは小学校からの腐れ縁。最近急に背が伸びて、男っぽくなって、一生懸命火を起こそうとする姿にも、何だかドキドキしちゃう。私、もしかして翼のこと・・・。
「ついた!」
小さな火をもっと大きくしようと、屈んで小さくなった翼が一生懸命に息を吹きこんでいる。
「やったー!翼、よくやった!」
やだ、私ってば声まで弾んじゃう!
今日の飯ごう炊飯は、班ごとにご飯を炊いてカレーを作る。メンバーは、私、翼、今日子と岬君の4人。でも残念ながら岬君は風邪でお休み。翼も相棒が休んで「男ひとりかよー」て電車でも愚痴ってたっけ。2人は同じサッカー部で良き友、ライバルでもあるみたい。
「あ、ごめん、お米をもらいにいくの忘れた」
今日子が言う。
「北川さん、さっき頼んだよね?」
翼が半ば呆れたように言うけど、顔は笑っている。翼はいつだって優しい。今日子は頷いてお米をとりに行った。
髪はロング、切れ長の目を持つ北野今日子。そのミステリアスな雰囲気からクラスの皆はちょっと引いてるみたいだけど、私は今日子がちょっと抜けていて、とってもチャーミングなこと、知っている。
「今の内に私、野菜を切るよ。翼、火を見てて」
今日のために、家でママとカレー作りの特訓をした。玉ねぎを飴色になるまでよく炒めて、人参、お肉も入れたらアクもとって、ジャガイモは煮崩れないよう最後に入れる。
でも、1番の隠し味は愛情なんだって。ママはパパのために何度もカレーを作って、それでパパはママを好きになって結婚して、今度はパパが私とママのために、愛情いっぱいのおいしいシーフードカレーを作ってくれる。カレーは私にとっても特別な料理。
そして、今日をきっかけに翼と私にとっても特別な料理になるといいな。なーんて、私ってば気が早いかな?
釜戸の近くに平らな石をみつけた。ここにまな板を置いて、野菜を切ろう。
「愛梨、ちょっといいかな」
釜戸の前にいた翼が横にきた。火は炎になり揺らいでいる。
「話があるんだ」
あれ?さっきまでと違って、すごく真面目な顔をしている。何?次の練習試合、スタメンに選ばれたとか?
それとも、私のこと・・・
「北川さんと、付き合うことにしたんだ」
一瞬意味がわからなかった。
え、付き合うって付き合うって??私の頭の中で翼の一言がグルグル回る。
「ずっと気になっていて。昨日、告白してオッケーもらったんだ。愛梨には、付き合いが長い俺から伝えたいって話したんだ」
何??意味がわかんない。なんで?私の方がずーっとずーっと前から翼のこと知ってるよ。てか、今日子、全然そんな気なさそうだったのに。好きな人いないって言ってたじゃん、あれ嘘だったの?
入学してから昨日までの、今日子との会話を思い出す。
そういえば。こないだ、もうすぐ日本にもプロサッカーリーグができるって嬉しそうに話していた。あれ、翼に教えてもらったんだ。私の知らない所で、2人は笑いあって話してたんだ。
「岬のこと、どう思う?」
「は?」
思わずフヌケな声がでてしまう。
「岬さ、転校してきた初日に、愛梨に声かけてもらって、それ以来気になるみたいなんだ」
手に持つ包丁がわなわな震えてくるのがわかる。
「なんでそんな事、翼に言われなきゃいけないのよ!!」
あまりの大声に、他の班の子もこっちを振り向いた。
翼は私が言った意味なんて全くわかってない様子。ただ私の顔を見下ろして、その目が困惑しているのがわかる。
「もういい、貸して!それ全部切るから」
大きな手で、目の前にあるじゃがいもを差し出された。
「玉ねぎよ!バカ!ほら、今日子が戻ってきたから、一緒にご飯炊いてよ!」
「・・・わかったよ」
翼が小さく返事をして今日子の元に行った。今日子が黒い飯ごうの蓋をとり、お米を入れようとしている。
私は小さくしゃがんで、まな板に置いた玉ねぎを、まっぷたつにした。
半分になった玉ねぎを、包丁で薄く切ろうとする。
でも、視界がにじんで、うまく切れない。
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