【百人一首(近代・現代短歌)】ある世界(その2)
万葉集の大伴家持の歌、
「うらうらに照れる春日に雲雀あがり情(こころ)悲しも独りし思えば」
「新版 万葉集 現代語訳付き【全四巻 合本版】」(角川ソフィア文庫)伊藤博(訳注)
には、
「心の痛みは歌でなければ紛らすことができない」
と言うような意味の注があります。
また、それとは、逆に、古今和歌集仮名序で紀貫之が、
「和歌は、人の心をもとにして、いろいろな言葉になったものである。
人は、関わり合う色々な事がたくさんあるので、心に思うことを、見るもの聞くものに託して、言葉に表わしているのである」
と言っていましたね。
近年、女性たちの間で短歌が活況を呈していた背景には、「サラダ記念日」の俵万智さんを契機として、
「サラダ記念日」(河出文庫)俵万智(著)
90年代に入っても、殊に、若い女性が自らの思いを託す対象として短歌を選び、自由に伸び伸びと歌を作っていたのでしょうね。
そう言えば、俵万智さんの短歌に、
「ゆく河の流れを何にたとえてもたとえきれない水底(みなそこ)の石」
とあるのですが、方丈記に、
「漫画方丈記 日本最古の災害文学」鴨長明(著)信吉(イラスト)養老孟司(解説)
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」
と書いた鴨長明に、挑戦した歌だったんですね。
訳は、
「川の流れは絶えることはないが、そこを流れる水は同じではない。
よどみに浮かぶ水の泡は、消えてはまた生まれ、長い間とどまる例はない」
です。
全てのものは、移り変わる(無常)という思想を、川の流れに例えています。
彼の生きた時代は、飢饉、疫病の流行、大地震などの天災、政治の転換など、人々が翻弄された時代でした。
今と類似した部分が多い現代において、流されることなく、自分を見つめて生活した鴨長明の生き方に共感する部分が多いと考えられることから、改めて「方丈記」を読む価値があるのではないでしょうか。
また、昨今の日本政治家の体たらくを見るにつけ、馬場あき子さんが叱責に近い口調で述べられていましたが、平安時代に比べて現代の政治家が歌を詠まなくなったのも、品が無くなって行った原因のひとつかもしれませんね。
そして、山本夏彦さんが指摘していましたが、日本人が歌を詠まなくなったのは、何も政治家だけではなくて、一般の人々にも言えることであって、その理由は、以外にも、正岡子規にあるそうです。
短歌は、本来教養であり、嗜みとして詠まれていたのですが、子規が、
「短歌は文学である。
文学は芸術である。
したがって、短歌は芸術である。」
と言ったおかげで、普段に詠まれることは少なくなってしまったのだとか。
一般に、気楽に歌を作る雰囲気が失われているのでしょうね。
「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」
女性短歌近代の到来ともいうべき、与謝野晶子の「みだれ髪」刊行は、1901年、奇しくも、20世紀幕開けの年でしたね(^^)
「みだれ髪」(角川文庫)与謝野晶子(著)
「俵万智訳 みだれ髪」与謝野晶子(著)
以来、今日まで、愛を歌い、時代を歌い、母として歌い、女として歌い・・・、短歌は、多くの女性から、口に出してはいえない「自分」を表現する手段として愛され続けているのではないでしょうか。
加藤周一さんは、「日本文学史序説」で、
「日本文学史序説〈上〉」(ちくま学芸文庫)加藤周一(著)
「日本文学史序説〈下〉」(ちくま学芸文庫)加藤周一(著)
文学史を通じて、日本の精神史を捉えようと試みましたが、
「女歌の百年」道浦母都子(著)(岩波新書)
本書にて、道浦母都子さんは、与謝野晶子さんから俵万智さんまでの短歌を振り返ることで、この百年の女性の精神史を捉えています。
「無援の抒情」(岩波現代文庫)道浦母都子(著)後藤正治(解説)
自らも歌人である著者、道浦母都子さんが、この百年の代表的女性歌人の中から心惹かれてやまない人たちをとりあげ、その作品と生涯を辿りながら、女性のこころに勇気を与える短歌の魅力を語っています。
それぞれの時代を鮮烈に生きた女性の列伝としても、興味深く読んでいただけると思います。
そんな短歌は、人生の記録(口語短歌)として、
「男をの童わらべペダルの上に身を立ててこのつゆばれの夕べをきたる」
(玉城徹『われら地上に』より)
上手下手に関係なく(口語短歌)、
「ギラギラト。ヤブレ障子ニ。月サエテ。風ハヒウヒウ。狐キャンキャン」林甕臣
日常的に歌われて、
「花の名を封じ込めたるアドレスの@のみずたまり越ゆ」
(杉谷麻衣『青を泳ぐ。』より)
日本の世界に類のない文化となるのでしょうね(^^)
【百人一首(近代・現代短歌)】ある世界(その2)
「〈青とはなにか〉この問のため失ひし半身と思ふ空の深みに」
(山中智恵子『喝食天』より)
「「とりかえしのつかない ことがしたいね」と毛糸を玉に巻きつつ笑う」
(穂村弘『ラインマーカーズ』より)
「「用意」から「ドン!」のあひだの永遠を生まれなかつたいのちがはしる」
(千葉優作『あるはなく』より)
「あはと消ゆる南のゆきのかろきをば降らせたやなうそなたがうへに」
(紀野恵『フムフムランドの四季』より)
「あやまちて野豚(のぶた)らのむれに入りてよりいつぴきの豚にまだ追はれゐる」
(石川信夫『シネマ』より)
「ある時は小さき花瓶の側面(かたづら)にしみじみと日の飛び去るを見つ」
(北原白秋『雲母集』より)
「うす青き朝の鏡にわが眉の包むにあまるかなしみのかげ」
(蒔田さくら子『秋の椅子』より)
「うつしみの手首にのこる春昼(はるひる)の輪ゴムのあとをふといとほしむ」
(小池光『サーベルと燕』より)
「うるほへる花群のごと人をりて揺れなまぬなり夏の朝を」
(高木佳子『玄牝』より)
「おだやかな眼差しかへすキリンたちいつも遠くが見えてゐるから」
「looking back at me
so calm, these giraffes
because
they can always see
such a distance」
(田中教子(翻訳:アメリア・フィールデン/小城小枝子)『乳房雲』より)
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