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【どうする家康】ダチョウ倶楽部ネタで徳川を焚きつける織田。教科書通りの合戦模様はドラマにすると地獄でした。第22回「設楽原の戦い」雑感

NHK大河ドラマ『どうする家康』(以下、『どう康』)第22回の雑感です。

(※本記事は一部有料です。ドラマレビュー箇所はすべて無料でご覧いただけます)

前回の感想はこちら↓

(※以下、ネタバレ注意)
(※本記事のセリフの引用箇所は一部ノベライズに準拠しており、ドラマのセリフとは異なる場合がございます)

●織田の「鉄砲3,000丁」による合戦模様。通説通りだけど、ドラマで見ると完全に地獄絵図

ついにきました……織田・徳川連合軍と、武田勝頼軍の大一番。学校の歴史の教科書等にも記されている話で、「ああ、織田信長が鉄砲3,000丁で戦国最強の武田軍を迎え撃った、あの戦いね」とわかるやつなんですけれども。

わかんなかったという人も、きっと昨夜の放送を見れば「あれ、何かこれ、学校で習ったことあるやつだな」と思い出したことでしょう。めちゃめちゃ通説通りを取った描き方だったと思います。

織田勢が鉄砲を3段構えにして攻撃する様も非常にわかりやすく、僕もついつい小2の娘に「これが戦国の戦い方を180度変えた大戦だぞ」なんて偉そうに教えてたわけですけれども。

肝心の娘は、ムカデの絵が描かれた武田軍の旗にばかり気にして「ムカデ軍団、死んじゃった」なんて言ってましたね……まぁ、数年後に学校で歴史を習う際、「これ何かテレビで見たことあるやつだなー」なんて思い出してくれればしめたものではありますが。

本当、今回討ち死にすることになった山県正景も、「そんな馬鹿な」と思ったでしょうね。確かに鉄砲は強いが、当時の鉄砲なんて、1発撃ったらリロードするのにめっちゃ時間がかかる。だからドラマでも武田勢、撃たれながら「怯むな!かかれー!」だったわけですけど。

だけど織田勢、弾が途切れないじゃないですか。対する武田勢、「えぇ……ちょ、いったいあいつら、何丁持っとるんや……」となったことでしょう。とにかく死ぬ、死ぬ、死ぬ……何とか馬防柵までたどり着いた兵も、織田勢に槍でブスブス刺されて死ぬ。「ああ、面白えように死んでいくわ~」と言う秀吉が完全に悪魔でした。或いは「人がゴミのようだ」的な、ムスカ大佐か。とにかく悪役ポジションなのよ。

もっとも、最新の歴史研究では、別に武田勢が鉄砲を軽視していたわけではなかったことも明らかになっているのだそうで。ドラマでは描かれませんでしたけど、資料等によれば、武田勢だって鉄砲隊を組織していたという話もあるのだそう。

ただ、武田も鉄砲を持っていたと言っても、織田に比べれば玉薬や鉛が不足していた。それが勝敗を分けたと1年前の小和田先生の動画でも説明されているわけですけれども。

そして、ガチで織田が3,000丁もの鉄砲を用意できたかはわからないのだそうですね。というのも、江戸時代初期に成立した歴史資料『信長公記』には、「鉄砲千挺」と書かれてあったのを、後から「鉄砲三千挺」と書き直した痕跡があるようで。これが著者である武将・太田牛一本人の修正なのか、はたまた第三者による誇張修正なのかはまだ研究が必要とのこと。

ちなみにそちらは、ドラマ放送直後の小和田先生の動画で解説されていました。(貴重な先生の直筆で再現w)

ただ、どちらにしても、織田と武田の鉄砲差が段違いだったことには間違いなく、それこそ「織田は3,000丁の鉄砲を構えた。対する武田は、ひたすら騎馬隊で攻めるという旧式の戦闘方法を取ってしまってボロ負けした」と「誇張」して伝えられてもおかしくないほどの大打撃を受けた、ということは間違いなさそうです。

●左衛門尉「俺が俺が」織田勢「どうぞどうぞ」ダチョウ倶楽部ばりの展開に草ァ!決死の鳶ヶ巣山砦奇襲

そして設楽原の前には、左衛門尉の鳶ヶ巣山砦奇襲作戦が展開されたわけですが。こちら、5月31日放送の『歴史探偵』で予習してましたけど、まさかドラマ的にこんな描かれ方するとは思わなかったよw

確かに発案者は左衛門尉だったものの、「ぜひこの柴田勝家にお申しつけくだされ」「いやいや、佐久間信盛に」「いやいや、この羽柴秀吉に!」と言いながら、織田の家臣一同、家康を見る。これ、完全にダチョウ倶楽部のネタじゃねぇかァ!

とにかく緊迫したシーンの中、「我ら…徳川勢に」と家康が言ったあとで「どうぞどうぞ!」なんてセリフはなかったですけど、織田の家臣たちの手の動きで完全にそれをやってたのは悪ふざけが過ぎました。個人的にはね、嫌いじゃないです。またアンチはいろいろ文句言うだろうけどさwwww

そして信長くんの「俺の家臣じゃないやつがやる分にはやぶさかではない」なんて言い方よ……「早く家臣になれよ家康、なっちまえよ。そうすりゃ楽になるぜぇ」という催促感があってヤバかったですね。アニメ『まどマギ』のキュウベェかこいつ。「家康ちゃん!ボクの家臣になって、天下布武しようよ!」じゃねぇんだよ。面白過ぎるわ。

また、左衛門尉と家康が徳川陣営に戻った際の家臣団との談義もですね。「父上。私がやります」と信康。「俺がやりましょう」と平八郎。「いいえ私が」と康政……ってもう、それやったから!と思いましたけど。最後は「夜の行軍じゃ。この辺りの地をよう知っておる者でなければできぬ。これは…わしの役目じゃ」と左衛門尉が言い放ったのにはシビれました。気付け薬みたいな感じで酒をかっくらいながら、まさに有無を言わせない感じ。

そしてその後、左衛門尉を送り出すために家臣団一同で「海老すくい」を合唱し出すのも泣けるじゃないですか……しかも、今まで「海老すくい」に一切混じってこなかった数正から歌いだすんだよ!数正、そんなキャラじゃなかったのに。これはもう、長年付き添ってきた左衛門尉と数正の友情だよね……。

ちなみに、この勝頼との合戦の前に酒井忠次が「海老すくい」を踊ったというのは、『東照宮御実紀附録』という資料にも載っている有名な話なんだそうで。

そんな中で、まだ家臣団に入りたての井伊万千代(後の直政)が「えっ、え…何?これ…」と戸惑ってるのがシュールでしたけど、でもここで初めて見たのだから反応としては正しい。「このおじさんたち、危険を前に、ついに頭おかしくなっちゃったのォ⁉」と思っても仕方ないわ。初見勢に「海老すくい」はキツすぎる。

今日テレビをザッピングしてたら、初めて『どう康』でこのシーンを見たという方。「なんじゃこの番組」と思わないでくださいね……これが令和の大河ドラマです。よかったら第1回から見直してやってください。U-NEXTで配信もしとるからね……。

●勝頼はなぜ前進したのか。「虹」を吉兆と見た逆張り親子の哀しき末路

そして、勝頼はなぜ背後の鳶ヶ巣山砦まで落とされながら、逃げずに織田・徳川連合軍に向かっていってしまったのか。これも通説通りの「武田を滅ぼした無能な大将」ではなく、むしろ「信玄をも超えようとした勇猛な武将」として描かれたのが良かったですね。

合戦の前には、空に虹がかかるシーンがありました。これ、僕の妻も見ながら「あれ、虹って、昔の人にとっては不吉なイメージじゃなかったっけ?」って言ったんですけど。ここはね、「そう、その通り!」なんですよね。

でも、このドラマの信玄だって、虹を吉兆として見ていました。もう忘れてる人もいらっしゃると思うけど、第1回の桶狭間の合戦直後よ。今川義元が信長に討たれたと聞いて、見上げた視線の先にはやはり虹がかかっていましたよね。「ほう、そうか、駿河殿が尾張のうつけにな。道理で空に不吉なものの生ずるわけよ。されど我が甲斐にとっては、吉兆となろう」だなんて言ってたわけですが。

おかしいでしょ。当時、武田信玄と今川義元は同盟関係にあったわけです。それなら同盟相手を殺されて、「え、ちょっと、マジカヨ!なんてことしてくれてんのあのうつけ!」って怒るとか、「ちょっとヤバくない?駿府、敵に攻め込まれちゃうよヤバくない⁉」って焦るところ。

けれど、このドラマの信玄は違いましたよね。「ならばワシが駿府を取る」つって、自ら攻め込んできて、今川を滅ぼすことになったわけです。まぁ桶狭間から駿府陥落まではだいぶ時間もかかったわけですけど。

だからこそ、勝頼も虹を見て「吉兆なり」と言うのは、当時の人の感覚とはズレるけど、ドラマ的にはすごく正しいんですよ。穴山や山県も、最初は引くようにと勝頼を諭していたんですけど、あの勝頼の演説を聞いた後はね……「我が父が申しておる!武田信玄を超えてみせよと!」と。それは、逃げ腰だった山県を戦場へ向かわせるのにも十分な言葉でした。信玄もそうするようにすべてを勝頼に託して死んでいったわけで、めちゃくちゃ正しいのよ。

じゃあ、なぜ武田勢に奇跡は起きなかったのか。信玄は、最期の最期で道を誤ってしまったのか?そういうことじゃないと思うんですよね。

完全に、世代が変わってしまった。戦いの仕方が変わってしまった。秀吉も言っていましたけど、「もはや兵が強いだけでは戦にゃあ勝てん!銭持っとるもんが勝つんだわ」と、そういうことですね……。最強の武田軍団すら、大量の銃には無に等しいというわけなんですね。

●PTSD発症する信康。五徳はいかに「信康事件」の引き金を引くのか

さて、最後に。今回の物語、アバンから松平信康の幼少期が描かれたわけですけれども。「虫も殺せない信康」ですよ。てんとうむしを亀姫にさし出して「かわいいではないか」と言う少年の姿がそこにはありました。亀姫は「気味が悪うございます!」と嫌がるんですけど、これは決して亀姫をいじめているわけではなかった。「これも一つの命じゃ」と諭しながら、てんとうむしを取って逃がしてあげていましたね。

そんな信康が、長篠の後の武田との戦では「わし自ら戦場へ出て、敵を蹴散らしてやったんじゃ!敵の侍大将を3人4人と倒してなあ!」と豪語する武将に。「そのために日々鍛錬をしておる」なんて言ってましたが……どんな恐ろしい鍛錬をしてるかわからんけど、人が変わり過ぎなのよ。

だけど、それにもやはり無理が生じていたわけです。夜、床につけば、あの設楽原での惨劇が蘇る。目の周りも真っ黒く縁どられてわかりやすく闇堕ちした信康が、沢山の銃声に立ちすくむ悪夢の光景も描かれていました。PTSD発症しちゃってるのよ。

そして床から出て、庭にうずくまる信康。視線の先には象徴的に、ムカデの周りに蟻が群がっている様子が。それを母・瀬名が見つけて「泣いておるのか…?」と言い、「つづく」という展開だったわけですけれど。

やはり瀬名にも耐えられないと思うんです。自分の夫である家康が勇猛な武将として成長していく姿にも複雑な思いを寄せていた瀬名が、増してや、自分が腹を痛めて産んだ子までもが完全に別人のように変わっていくわけですから。しかも、それで当人が苦しんでいる。

この第22回のラストでは、この信康が世に言う「信康事件」を起こすようにはとても思えなかったんですけれど、やはりこのラストの母子の姿が、次回の物語への布石になっていそうな気もしてます。

そして、信康の妻である五徳も。父・信長から、「今後、我らにとって最も恐るべき相手は…徳川じゃ。この家の連中をよ~く見張れ」と圧をかけられていました。「最も恐るべき相手は徳川」だなんて、ここにきて意外なことを言う信長だななんて思いましたけど……徳川が将来、武田を滅ぼすまでの流れを作ったのは信長じゃねぇか。

ただ、もっとさかのぼればそれこそ第2回よ。竹千代時代の家康を、信長の父・信秀が殺そうとしたとき、「生かしておけば使いようもありましょうぞ!」と言って救ったのは信長でした。言ってみれば、徳川を「恐るべき相手」になるまで育て上げたのも信長自身。

ただ信長、そうやって同じように可愛がってやった浅井長政には裏切られてますよね。あのときも、お市という身内を送り込んでおきながら、謀反を起こすことには直前まで気づけなかった。

だからこその五徳への圧がある。市は失敗したが、お前はうまくやれという気持ちで言ったのだとしたら理解できます。

それに今はジャイアンとのび太みたいに従わせている家康だって、同盟を結んで以来、金ヶ崎・姉川・そして長篠の合戦前夜と、家康は3度も信長に歯向かうようなセリフを言ってしまいましたよね。それこそ金ヶ崎では、信長くんも「お前はどうなんじゃ!お前も俺を信じぬのか!」と目から涙をこぼしながら怒りを露わにしていました。

またすぐ家康は反抗的な態度を取るに決まっている。それがわかっているジャイアンとしては、やはり徐々に圧を強めにしていかざるを得ない。可愛がる故に、これからもちゃんと従うのかいなか、どんどん相手を苦しめる形で従わせようとしてしまう。ここに信長くんというキャラクターの歪んだ愛の形が描かれているように思えてなりません。

「一蓮托生」「一心同体」とは、こういうことなの……もう掴み合って殴り合いながらも、共に地獄に堕ちていくしかないのか。見てて辛いよ……けど面白いよね。劇薬のようなドラマですよ、『どう康』は……。

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