WindjammerとJack Tar ~51年の航海を終える
横浜中華街にある銘店、「Windjammer」が2024/1/28を以って閉店する。
51年間続いた。半世紀と一年。
(いちおう)BARを経営している身からするととんでもなく長い時間だ。いや、飲食店に限らずこれは奇跡みたいな年月。
閉店の理由は知らない。
だけど閉まることに変わりはなく、その決定はおそらく絶対だろう。
「いいお店だった。閉まるのはとても残念でならない」
などとしたり顔で言えるほど、言っていいほど足繁く通ったわけでは無い。
たぶん片手で足りるくらいで、こういうものを書くのも失礼かもしれない。
でも、看板カクテルと言っていい「Jack Tar」は好んで飲むゲストがいたり忘れた頃にオーダーされたりして作った思い出はある。
これが「Windjammerで生まれた」というのを誰かに聞いたのか、それともカクテルブックか何かで知ったのかは思い出せないけれど、いつの間にか知っていた。
その流れでまだ生まれたお店があるのなら、と伺ったのが最初。たぶん10年ちょっと前だったと思う。
僕が作る時は大きめのロックアイス一つをグラスに入れてサーブしていて、そういうものだと思っていたらクラッシュアイスでサーブされて「あ、本家はこうなんだ」と驚いたのを覚えている。
考えてみればそこそこ以上の度数(30%オーバー)でしかも甘味もしっかりあって飲みやすいのだから、そういうところで意味をもたせるのは大事だと今ならわかる(クラッシュアイスでサーブされるものの多くは「度数高いから注意してね」というのを含意する)。
レシピ。
ロンリコ151は151 USプルーフ(75.5%)というハイアルコールのラム。これに21%のサザンカンフォート。ちなみにかつては38%だった。
計算してみたらシェイクによる加水を10ml程度と仮定して約31%。
これは貫目氷の場合。製氷機のものを使えば加水率が上がるのでさらに落とせる。そこにクラッシュアイスでのサーブなので、ゆっくり飲んでいけば割と一般的な度数で着地できる「かも」知れない。が、飲み始めはパンチが効いた状態。なのに飲みやすくそれを感じさせない。口をつける時からスイスイ飲めてしまう。実に危ない。
余談ながら、「Jack Tar」とは船乗り / 船員を意味する単語。昔から海の男は酒が強く、喧嘩っ早い荒くれ者といったイメージがあるから、そこを踏まえればこのパンチの強さは納得がいく。個人的にはもうちょっとドライな方がイメージには沿う気がするけど。
店名である「Windjammer」は19世紀後半~20世紀前半にかけて活躍した貨物用帆船のこと。
さて先日、横浜へ行く用事があった。それならせっかくだし、この先に閉店までに伺えるかも怪しいと思われたので伺って飲んできました。
なんていうか…「ああ、いいなあ」と思わされた。
カクテル自体が際立って美味しいとか、レシピ構成が秀逸だとかそういうのではなく、総合力としての強さであり良さ。
その店や街の歴史などが作った空気まで内包した重みある一杯。これは一朝一夕で作ることはできない。
奇抜であったり斬新的なものは-もちろん相応の研究と研鑽ありきではあるけど-パッと作ることができても、こういう作り継がれるものというのはどう足掻いたってパッとはできない。
それにはそのお店が永く続くこと、レシピが多くのBARに伝播されること、そして飲まれてこそ。
つまり時間でしか作り得ない。
流行りが目まぐるしく変わり、常に次を追い求める現代では難しいんじゃないかと思ったりする。
話は戻ってレシピ。
「コーディアルライム」表記とある。
「フレッシュライムジュース」ではない。
馴染みない人の方が多いと思うけど、スーパーや酒屋に行くとたまに見かける、透き通った緑色をした、いかにも作り物めいたヤツがそれ。ライムの「風味」があるシロップです。
ライム感で言えばフレッシュには当たり前だけど遠く及ばない。本当に作り物だからモロに人工的な味がする。でもコレでしか出せない味がある。
このコーディアルライムについて、矢沢永吉が横浜のライブハウスでライブを演っていたころの思い出を何かで語っていた事がある。
「あの頃、ライブの合間にちょっと抜け出してBARでジン・ライムを飲んでたんだ。その頃のは緑色してた。今はジン・ライムってオーダーするとフレッシュのライムで作ってくれるけど、あの当時はコーディアルライムで作ってくれた。だからオレにとって本物のジン・ライムってのは緑色してるアレなんだよ」(うろ覚えです)
コーディアルライムって聞くと僕は必ずこの話を思い出す。
そこで一つの気付きを得たから。
それは「何がホンモノであるか」は「その人によって変わる」という事。
ニセモノがホンモノになる事はあるのだ。
もちろん思い出込みの話だ。言えばノスタルジーに過ぎない。でも「その人にとってのホンモノ」というのがあるんだ、というのを学んだ。
そしてこれはJack Tarにも感じる。
今でも敢えてコーディアルで作る。それこそがJack TarをJack Tarたらしめるのだろう、と。
…なんて書いたものの、これでフレッシュ使ってたらしょうもない駄文以下だよなあ。
ま、それならそれで仕方ない。
ところでJack Tarは当店でも作ることにしました。
残念ながら、と言うべきかフレッシュライムで。いちおう少しアタマを捻って即席のコーディアルみたいにはしてある。
もし、これを読んで飲みたいと思ったならお作りします。ニセモノでも良ければ。
でも、できることならWindjammerが閉まる前に一度足を運び、そこで飲んでみることをオススメしたい。
あの、船内を模した店内でジャズバンドの生演奏を聴きながら、もう航海を終えようとしている貨物船のジャック・ターとして飲むJack Tarには格別の味があるハズだから。