アルチュセール・革命・シンガロン(レスターの5人組バンド・Easy Lifeについて)
ファンクなのか、ヒップホップなのか、インディなのか、ソウルやジャズの参照点もありそうだけど・・という表記はありますが、結局のところ、イージー・ライフ(Easy Life)って何者なのか?
BBCをはじめイギリス本国での熱狂を見ると確かにすごいことはわかるのですが、そもそも彼らは一体何者なんだろう?
そんなことを思いながら読んだ彼らのインタヴューはどれも面白く、ウィットに富んでいて・・気が付けば脱稿までに3日もかかってしまいました。
Easy Lifeって何?については、本文でも触れていますが、一応Wikipediaのリンクを貼っておきます。
◎はじめに
メロウなキーボードのメロディに打ち込みのクラップ。そこにギターとベース、ドラムのバンド演奏が乗って、哀愁漂うサックスやトランペットの音色に、レイドバックした調子のラップが展開される・・。
BBCが「説明するのは難しいが、とっても親しみやすい」と評したイージー・ライフ(Easy Life)の音楽は、なるほど一筋縄では紐解けない複雑さを持っている。
例えば、音楽的には筆者はまずジェイミーTのことを思い出したが、両者を比較すると、当時のガレージロック・リバイバル的なバンド・サウンドをヒップホップに融解させたジェイミーT(あるいはアークティック・モンキーズ?)と比べ、イージー・ライフのアプローチは位相が異なるように見える。
あるいはAnderson .PaakやSuperorganismなどと並べられているレビューも見かけたが、やはりアプローチの面でそれぞれ位相が異なるように見受けられる。
彼らの音楽から感じる違和感・・「何からしさ」というものは確かにあるものの、 実際に既存の音楽的ジャンルをそこに当てはめるとどうもしっくりこない・・聴いたことがあるような、ないような、そんな不思議な感覚を受けるのではないだろうか。
1.マレーのミスティフィカシオン(Easy Lifeとは?)
イージー・ライフは、フロントマンのマレー・マトラヴァーズ(Murray Matravers)を中心に2017年に結成された、UKはレスターの5人組である。
バンドメンバーの5人はそれぞれ学校の知り合いであったり、そのバンドメイトであったり・・いずれにせよ、近所に住んでいて長く知っている友人であったようだ。なお、バンドメンバーおよびそれぞれのパートについては複雑なので一度下記を参照いただきたい。(Wikipediaのページを参照)
また、彼らのプロデュースを行なっているRob Miltonも、元々はマレーの友達だったという。
【音楽性について】
彼らの音楽性についてはメディアも気になるようで、インタヴューに目を通すとかなりの頻度で質問されていた。だが、マレーはあくまで断定を避け、以下のように話している。
「個人的には、僕はアメリカのヒップホップ(オールドスクール、R&B、新しいものなど)をたくさん聴いているけど、他のメンバーはレゲエ、ディスコ、ファンクが好きだったりする。テクノも好きだし」(Demon TV)
なるほど、5人それぞれの楽曲スタイル、影響を受けている音楽はそれぞれが微妙に異なっているが、境界を持たせず融合させる、それが、イージー・ライフの複雑な音楽を成立させているのかもしれない。
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ちなみに、「Nightmares」の曲中にはディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)の「Loneliness Remembers What Happiness Forgets」からサンプリングされているし、
また、「Earth」のドラムはアイザック・ヘイズの「Breakthrough」からサンプリングされているようだ。
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2017年にシングル「Pockets」をリリースし、翌2018年にミックステープである『Creature Habits Mixtape』をリリース、その間に数枚のシングルと、2019年『Spaceships Mixtape』のリリース・・といった具合に、バンドのディスコグラフィは決して多いわけではない。
であるがゆえに、SXSW(South by Southwest)、グラストンベリー(BBC music introducing枠)、リーズ、コーチェラといった名だたるフェスに出演した2019年の躍進は目を見張るものがあったのではないだろうか。
2.フィードバック、ダイナミズム(Easy Lifeのライブパフォーマンスについて)
彼らのパフォーマンスは音楽を聴いただけでは全容を掴めないが、映像を見ると、当然だが彼らがバンドとしてどのように演奏しているのかがわかる。
筆者は個人的には、「Vevo DSCVR ARTISTS TO WATCH 2019」のパフォーマンスはカメラワークも良いので、彼らのバンドとしての在り方を明確に示しているのではないかと感じる。
ベーシスト・Samによるサックスの堂々たる演奏から始まり、ヴォーカルのMurrayはキーボードを演奏・・と思えばトランペットに楽器を持ち替える。キーボードのJordanは、キーボードを弾きながらシンバルを叩き、トランペットとサックスが「ラララララ・・」の部分を演奏するー
ここまでが、「Pocket」のヴァースに入るまでの僅か40秒足らずのうちに展開されている出来事である。目紛しく展開されるが、各パートの楽器のシフトはスムーズで自然だ。
【フェスティバルでの活躍】
2019年のグラストンベリーに「BBC music introducing」枠で出演した際は、小さなステージながらリラックスしたパフォーマンスを見せており、時折映る観客の反応から、彼らの現地での人気、熱量を見て取れる。
また、グラストンベリーの「Pockets」であったり、リーズの「Nightmares」であったり・・新人バンドのライブであるにも関わらず観客のシンガロングが大きいことに個人的に驚いた。
意図的にバンドが音を止めたり、あるいはマレーが歌を止めたとしても曲が中断されず、満足そうにバンドが演奏を続ける、というシーンがとても印象に残っている。
なるほどこの熱狂を見ると、今年の「BBC Music's Sound of 2020」にイージー・ライフが入っていたのもうなづける。
3.来るべき「Junk Food」について
さて、そんな彼らの新しいミックステープが発売される。
『Junk Food』と名付けられたミックステープは、彼らが行う2020年のツアーの名前でもある。(ツアーとしてはUS、 UK、EUがアナウンスされている)
先行で発表されているのは「Earth」「Nice Guys」「Sangria」の3曲だが、筆者は個人的にはロンドンのSSW、アーロ・パークス(ARLO PARKS)とフィーチャリングをした「Sangria」に心を引かれた。
"ずっと側にいてくれよ、俺の欲しいものを手に入れられるのが耐えられないから、離れて欲しくない/ 俺はとても何かを探し回るような気分じゃない、ずっと、薬に溺れている。" (Sangria/かなり意訳)
メロウなヒップホップのビートにブリリアントなキーボードのメロディから始まる「Sangria」は、ベースにより優しく曲が展開されていく中でファンクなメロディが鳴っていて心地良い・・ただしこれまでの楽曲と比べ、ぐっとバンド・サウンドが抑えられていて、何とも大人っぽい曲になっている。
アーロ・パークスもイージー・ライフと同じく「BBC Music's Sound of 2020」に選出されているアーティストであるが、
マレーは彼女とのコラボレーションについて、「彼女は相反する難しいパラドックスを表現できるんだ、そしてこの感情を完璧にシェアできる人間は彼女しかいないと思った」と語っている。
(ちなみに、インタヴューでアーロ自身も「私はイージー・ライフのファンだった」と語っていた。)
先行でリリースされた「Nice Guys」はファンクの色が強くなりつつもイージー・ライフのカラーが損なわれない、彼らのバンドとしての新しい方向性を示す曲だと思うし、これから彼らがどのように成長していくのか、とっても楽しみである。
あとがき(Easy Lifeとは?についての個人的な帰結)
親しみやすいが難解・・イージー・ライフの音楽性について調べようと方々の音楽メディアを読み漁っていましたが、やはりどこか歯切れの悪い表記が多く、それもそのはず、よくわからないが実際のところだよな、と筆者も思いました。
そんな中、「BBC News」と「Wonderland.」のインタヴューにて、マレーがこんなことを言っているのを見つけました。
"本当にたくさんの人が「ポップミュージック」っていうかっこに入った音楽を作ろうとしているでしょ。自分自身、正しい意味のソングライティングって長い間できていなかったと思う" (BBC News)
対象物を括弧に入れるという行為は、かなり大雑把に言うと、その対象の異物感を炙り出してその対象について検討する行為だったり、あるいは単にその対象を強調するために使用されますが、今回の場合は前者でしょう。
彼自身、ポップミュージックの持つで力のようなものについてこのように語っています。
"最悪な気分で眠れない夜ときにラジオをつけると・・サイコーに面白くって。すごくワクワクする音楽を聴いて、生きてるって楽しいって感じるようなさ" (Wonderland.)
・・ふと思ったのが、アルチュセールが示した革命指導者の分類についてのことで。それは、簡単に言うと下記の①〜③の段階で示されるのですが、
①悪漢:格言を引用する指導者(スターリン)
②失敗する運命にある偉大な革命家:格言を引用せず新しい慣習を生み出そうとするが上手くいかない指導者(ロベスピエール)
③革命を成功に導く革命家:革命の本質を理解し、新しい格言を作る指導者(レーニン、毛沢東)
スラヴォイ・ジジェクはアルチュセールを引用し、アイデンティティの在り方、文化的慣習の在り方について、「既存の格言(イデオロギー)を引用するだけでは足りず、また、既存の慣習から断絶されたアイデンティティは正常ではない」とした上で、
世界(あるいは社会・慣習)において革命を起こすものは、「慣習の外部から既存の慣習を飲み込み、慣習そのものを新しくしてしまう存在」と表現しました。
既存の慣習(ポップソング)を飲み込み、イージー・ライフ的音楽としてアウトプットする・・まさにイージー・ライフの音楽の在り方って③に当てはまるのではないでしょうか?
ポップソングに革命を起こす存在、なんていうものは非常にありふれた陳腐なクリシェでしょう、でも、クリシェはその中に多くの文化的慣習、コンテクストを含みますよね。だからそれもイージー・ライフ的、とも言えるような気がしています。
そして、「(ラジオなどでかかっている音楽が)どうして人気なのか、考えると面白くない?」とした上で、マレーのインタヴューは以下のように続きます。
"ラップトップの前に座って70年代のフュージョン・トラックみたいなサウンドを作る、そうするとイージー・ライフのサウンドができあがる。
そして、コンピューターと現代的な曲作りのプロセス(ラップトップPCなどのこと)があれば、何でも音楽を作れる時代なんだ。" (Wonderland.)
彼の音楽に対する考え方の柔軟性はとても自由で・・春の風のように、穏やかで暖かく、そして一方で激しくシーンを揺さぶるように吹きすさんでいるように感じます。(矛盾しているな)
時に人の価値観を変えるものというのは、しばしば「そんなもの(既存の慣習・価値観)は、何でもないんだよ」という態度でこんな風に現れるものだよなあ、と筆者は思います。
NME
のコーチェラの記事を見ていたら「セクシーな新人(The Slinky, sultry newcomers)」と評されていたのもうなづけます。魅力的ですもの。
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以下、余談的な小話です。
【マレーなのか、マーレイなのか?】
本稿ではヴォーカルのMurray Matraversを、「マレー・マトラヴァーズ」と表記しています。
「Murray」は「マーレイ」と表記する場合もありますが、インタヴューで「マレー」って呼ばれていたし、自分自身、「マレー」って言ってるし、多分あっている・・はず・・。
でもこの発音、日本語に当てはめた時にどちらとも聞こえるので、結局間違っているかもしれないので、発覚次第、しれっと直すかもしれません。
【サングリアの歌詞について】
なお、サングリアのコーラス部分に出てくる「I'm not zen enough to do this each week」の意味がわからなくて個人的に色々と調べたのですが、
どうやら「zen」というのはいわゆる宗教としての「禅」以外にも、「Calm and relaxed」の意味もあるそうで、他に「I'm not zen enough to wait(待ちきれない)」などの使い方があるとのこと。
意味としては「毎週それが出来るほど心が落ち着いていない」というニュアンスに近いかと理解しました・・が、私の英語理解はだいたいのニュアンスで行なっているので、歌詞対訳としては間違っているかもしれません。
【公式サイト】
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