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蒼き目のサムライ

<はじめに>

サムライスピリット。現代人がどこかに置き忘れた、不屈の精神。

筆者の暮らすニューヨークの片隅に、ひっそりと存在していたその崇高な魂を。

蒼き瞳を持つ、とあるアメリカ人のそのサムライのごとき折れぬ心を。

日本人である筆者がアメリカ人から学んだその武士道を。

今宵は皆様にお届けしたいと思う。

<ニューヨークの地下鉄にて>

その日もいつもと変わりなく、筆者は職場へと向かう電車に揺られ、特別何かをするわけでもなく、窓の外に目をやりながら、時間を過ごしていた。

筆者の向かい側の座席に座るのは、母親とみられる女性と、その娘(推定4歳)、そして筆者の真横に座るのが、今回の主人公でもあるアメリカ人男性、蒼き目のサムライである。

向かい側の座席に座る母は娘を膝に乗せ、その目の前にはその母子の物と思われるキックボード(電動スクーター)が置かれている。かなり重量感のあるキックボードではあるが、電車の乗客はまばらであったため、そこまで邪魔にはなっていない。

そして筆者の真横の蒼き目のサムライは、ランニングを終えた後なのだろうか、ピタッと肌に密着するスパッツのようなものを着用した状態で、座っている。

そしてその周辺には、立って乗車している女性がチラホラ。

ここに述べた人物全員がその後、蒼きサムライスピリットを目撃する事となる。

サムライにとっては、なんてことない日常だったはずだ。それが何の前触れもなく崩れ落ち、突如戦いに変貌をとげる。そんな不意を突かれた時に問われる、不屈の精神。

こうして、1人のサムライのストーリーが、幕を開けることとなる。

<引くに引けない、漢の戦い>

電車に乗車してから10分ほど経った頃だろうか。筆者は変わらず窓の外を眺めていた。すると突如向かい側に座る娘が、母の膝から降りようと動き始めた。

なかなか体勢をうまく切り替えられずにいる娘は、意を決したのか、大きく体勢を変え、母の膝から動いた。

その時だった。

娘の目の前に置かれているキックスクーターを、娘が大きく前方へ蹴った。

そしてその蹴りだされたキックスクーターのハンドル部分の端が、綺麗な放物線をスピーディーにえがきながら、サムライのスピリットが宿る” 股間 “ という名の城壁へ、倒れ込むように真っすぐ直撃した。

サムライ「ヌ!…」

ハンドル部分の芯で、2つのボールをしっかりとらえたフルスイング。

静まり返る車内。

サムライはその後一言も発さず、胸を膝に乗せる形でうずくまり、微動だにしない。

母「だっ、大丈夫ですか?」

サムライ「........…」

反応はない。

しばしの静寂がその場を包み、筆者は辺りを見渡す。

母は申し訳なさそうにサムライを見つめ、娘は何が起きているのか理解できず、周りの数人の女性乗客は、固唾を飲んで見守っている。

そこで、筆者はある事に気づく。

周辺に男性は、筆者とサムライしかいない........…

……昔、父が言っていた。

「人の痛みがわかる男になれ」

父さん、きっとこの中で、彼の痛みを理解し、そばで寄り添えるのは、僕だけです。

筆者「大丈夫ですか?」

するとサムライはこちらに顔を向けた。

痛みによる引きつった顔、不自然に吊り上がった口角。無理に作り上げられた、見たことのない新感覚の笑顔。

目が、笑っていない。

今までも、そしてこれからも、2度とお目にかかる事はないであろう、見たことのないジャンルの笑顔をこちらに向け……

大丈夫とは言わなかった。

全然、大丈夫じゃない。

そう、サムライは今、まぎれもなく、戦っている。

キックボードを倒した娘を責めてもしょうがない。サムライは、それをよく理解している。

筆者は隣に座るサムライの腰部分をトントンと叩きながら、もう一度声をかける。

「大丈夫ですか?」

そして再度顔を上げた彼の瞳には、まぎれもなく、炎が宿っていた。

男性ならわかるはずだ。それは股間というなの城壁が打ちつけられた直後3分は、自分との戦い。

孤独な時間だ。

それでも蒼き目のサムライは、見たことのない新ジャンルの笑顔を絶対に崩さなかった。周りに心配をかけまいとする、精一杯の笑顔。

サムライスピリット、ここにあり。


向かいで心配そうに見つめる母子に、軽く右手を上げ、精一杯の対応もしている。

“ 頑張ってください!負けないでください!自分を信じてください!”

横でサムライの腰を叩きながら、そう心の中で応援する事しかできない自分の無力さを嘆いた。

<武士の意地と誇り>

そうこうしているうちに、電車は次の駅へと到着した。

そして、筆者は自分がもしサムライと同じ立場だった場合、どうするかを考えていた。

自分なら間違いなく、車両を変える。
サッと降りて、小走りにすぐ隣の車両に乗り換え、一部始終を知らない新たな乗客達に囲まれ、最大限のポーカーフェイスを装い、静かに痛みに耐える道を選ぶはずだ。
何故なら、今のこの状況は、羞恥に耐えられない。

しかしサムライは........…

その場に残ることを選択した。

" この場から離れれば、君は羞恥から解放される。だのに、なぜ、歯を食いしばり、君は行かないのか、そんなにしてまで "

筆者の目頭に、熱いものがこみ上げる。

そして静かに電車のドアは閉まり、次の駅へと発進した。

ここで筆者は、固く決意する。

僕も、貴方の横から、動きません。

貴方の目的地に着くまで、そばに寄り添います。

僕たちの心は、一つです。

父さん、僕は彼の痛みを、共有します。
隣に寄り添い、体温を感じて、励まします。

" ねぇお侍さん、僕には弱音、吐いていいんですよ?男同士でしょ?"

サムライは最後まで、痛いとは言わなかった。

貫き通した、武士の意地と誇り。

不屈の魂、ここにあり。

<サムライの下車駅へ到着>

そしてついに一同を乗せた電車は、サムライの目的地へ到着したようだ。

そっと座席から立ち上がったサムライに対し、向かいに座る娘の母が最後の謝罪をする。

決して言葉を発しないその蒼き目の戦国武将は、新感覚の笑顔を最大限に振りまきながら、娘の母と、腰を叩き続けた筆者に右手をあげて応じる。

そして電車から降り行くその神々しいまでのお侍さんの後ろ姿を拝見し、胸にこみ上げる思いを抑え、筆者は深々とお辞儀をした。

<最後に>

現代人がどこかに置き忘れた、サムライスピリット。

心の奥底に眠っていたはずの武士の心得。多くを語らずとも、その背中で語る、我慢と忍耐。

異国の地ニューヨークの空は、今日もちっぽけな筆者と、その誇り高きサムライのコントラストを見守り、様々なドラマを見届ける事だろう。

蒼き目のサムライ。

今日もどこかで貴方は、少し痛む股間を引っさげ、力強く生きている事でしょう。

また、どこかで、お会いできたら光栄です。


最後までご一読、ありがとうございます。


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