文学フリマ東京38で買った本の感想。その1
2024/5/19に開催された文学フリマ東京38で買った本の感想です。
本当はすべての作品の感想を書き終えてから公開しようと思っていたのですが、すでに文学フリマ東京38から3週間、今週末の6/16には文学フリマ岩手9も開催されるらしいので、まだ途中ですが以下の作品について感想を書かせていただきました。他の作品についても後ほど感想を書かせてもらいたいと思います。
※前書き※
・ネタバレには最大限配慮していますが、中身に触れている部分があります。
何かあれば感想は削除いたしますので、ご連絡ください。
・サークル名/著者名は敬称略です。
【C.N.01 cloud_nine series01】著:satori
連作短編小説が3つ入っています。連作、といっても1編1編は独立して完結しており、共通する3人の主人公が活躍するそれぞれの物語です。
それにしてもこの主人公たち、それぞれがなんと男前でしょうか。
1作目の『七色』では、主人公3人が休日に偶然出会って交流する、大人の青春物語。3人とも仕事を抱えていて、普段は忙しいであろうことがわかります。そんな彼らが海を見て、魚を眺め、交流して癒されます。登場人物はみんな大人だけど、大人になってもこうやって新しい偶然の出会いがあって楽しめる、いいなぁ、こんな体験してみたいと素直に感じて前向きな気分になれる小説です。大人になるとそれまで交流のあった友人でも気軽に誘えなくなるので、こういう偶然の出会いから始まる交流というのはなおさら憧れます。舞台が神奈川県の三浦半島、油壷なので旅というほどの距離ではないですが、旅小説を読んでいるような旅情も感じました。神奈川県民だけど一度も油壷の方面は行ったことがないので、今年の夏は山もいいけど油壷で海を眺めてみようかな、なんて思います。
続く他2作は時系列が前後しますが、1作目が『七色』という作品なのがとても良かったです。1作目は「癒し」を感じられる、3人の未来に対する希望を匂わせてくれる良質の物語です。2作目、3作目も同じ主人公が登場するのですが、1作目で提示された希望をすでに見ているので安心して読めます。
『Jelly』は1作目の前日譚で、プログラマーの主人公に発生する仕事のトラブルの話。プログラマーに対する解像度が高い、というか、これはやっぱり実在のトラブルの話? 細かい描写や登場人物の考え方や、仕事の進め方や解決方法が圧倒的にリアルというか、フィクションであるという前提を忘れて「プログラマーの人はこんな苦労を抱えてるのかぁ」と同情してしまうくらい、仕事の描写に対する圧倒的なクオリティ。私はプログラミングはしない業種ですが仕事でプログラマーの人と連絡を取り合うことがあるので、あの人もこの人もこんな大変な思いを……と感じました。もちろん、作中に仕事のトラブルが出てくるからといって嫌な気分にさせられる内容ではなく、問題に立ち向かう主人公の、仕事や人に対する向き合い方に胸を打たれます。1作目の描写で「この人たちは仕事できそうだな」と読んでいて感じるのですが、予感は的中して優秀な仕事ぶりが遺憾なく発揮されます。見習わされるというか、「本来は大人としてこうやって仕事は進めなきゃならないんだよなぁ」と自分の仕事ぶりを思い出して勝手に反省してます。
3作目『sigh of love』は3人の主人公のうち一人がメインの話ですが、主に女性側の視点から描かれます。仕事のトラブルが発生するという点では2作目と同じなのですが、2作目とはまた違うアプローチで楽しめます。この1冊がすごいのは3作品それぞれに違う面白さがある点でしょうか。3つの連作小説で、登場する3人の主人公は同じで、それぞれの主人公の魅力が掘り下げられているという部分は同じなのですが、1作ごとに違う味があるのが本当にすごい。1作目は大人の青春小説、2作目はお仕事小説、そして3作目は恋愛小説のようなそれぞれ異なる魅力がありました。
物語を通じて主人公の魅力が深く伝わってきます。三作品に共通して感じたのは、読み終えたあとの清々しさでしょうか。前向きな気持ちにさせてくれる作品集でした。
【独身女の飲食日記】サークル:狐大好き村
文学フリマの会場をぶらぶら歩いてみていた時に「酒をテーマにしたエッセイ」と書かれていたのを目撃して購入。「こういうエッセイが読みたい」という期待値を簡単に上回ってくれました。飲む、食べるの経験を魅力的に書いているのでとにかく読んでいて幸せになれます。
エッセイの魅力や楽しみ方はたくさんありますが、その中のひとつに感情の共有があると思います。誰かが体験した楽しみや喜びを見て自分もそれを感じたような気になる、もしくは自分も同じような体感をしたくなるような。つまり酒が飲みたくなるということです。自分で酒に合う料理をつくるのも楽しそうだし、旅先で美味しいものを食べるのも蕎麦屋で酒飲むのも最高にやってみたい。仕事の休憩中に読むんじゃなかった(飯テロ的な意味で)。読んでいるとお酒を飲みたくなるし、お酒に合う美味しいものが食べたくなります。早速このエッセイを読んで帰り道に日本酒を買って家で飲んだくれました。
期待以上のお酒への愛情を感じられる良質なエッセイです。普段、付き合いや惰性でお酒を飲んでも、ただ酔っ払う目的で胃袋に流し込んでいるようなものなので、もっとちゃんと、こうしてお酒に向き合って飲みたいな、と思えます。
【道楽者共ノ招宴】サークル:居酒屋いまさと
こちらもお酒がテーマの作品ということで、併せて購入させてもらいました。
『一夜酒のひとしずく』著:水城真以
酒がテーマの小説ということで「甘酒」が出てきますが、これが作中の添え物としてではなく主人公とヒロインを結ぶ大切な要素のひとつとして丁寧に書かれているのも魅力的です。作中でも書かれているとおり「一夜酒」の別名があり、夏には暑気払いとして飲まれていたのだとか、深い歴史を感じます。普段、正月に神社で飲むだけの存在としてしか甘酒を認知していませんでしたが、もっとちゃんと味わって飲みたいなと思えました。魅力はテーマのお酒だけではなくて、時代背景が明治維新の前後ということもあり歴史小説としても楽しめました。
またこの作品の終わり方がとても、良いです。ネタバレになるので明言は避けますが、たくさんの感情が刺激されて、ラストを読み終えてから余韻に浸っていたくなります。
「酒」を前面に押し出すのではなくて作品の骨子は歴史小説であり、登場人物を繋ぐ要素の根底に「酒」が重要なテーマとして流れているという感覚でした。考えてみれば「酒」は人の歴史と切っては切れない関係ですから酒と歴史小説は相性が良いのかも知れません。とても面白かったです。
作品の楽しみとはちょっとずれますが、歴史に詳しくないので作中に出てくる「吉田松陰」をずっと昔に授業で習った程度の曖昧な知識(維新の時代の? 討幕派の? 活躍した人? 塾を開いた? とかなんとか……)で読んでいたのですが、読み終えたあとに改めて興味が沸いて調べる、という楽しみもありました。改めて享年を見ると29歳で亡くなっていて、偉人は短い中に凄絶な人生を送っていたんだよなぁ、としみじみ感じています。
『星降る夜のエイリアンズ』著:佐藤苹果
俗世間的なものに馴染もうとしたけど馴染めない主人公の聖と、独特の考えで生きている玖美子。聖は自分をわがままに振り回す玖美子を「エイリアンのような」と人物だと評するけれど、冒頭の飲み会のシーンからなんとなく主人公の聖も一般大衆的な人付き合いに馴染めない人物として書かれていてそういう意味では二人とも似ているからだからタイトルがエイリアン「ズ」になっているのかな、と感じました。異郷で出会った全然違うタイプの似た者同士二人、なのでしょうか。
酒がテーマだと考えると、酒の悪い側面というか「よくあるサークルの飲み会」は「馴染めない他人との接触」の象徴で、それに溶け込まず構築された二人の世界という意味にも感じました。孤独な環境で偶然に出会った二人の、大人な人間関係の書かれた酒小説です。
『会いたい、でも会いたくない』著:佐藤苹果
本を読む時は心境が主人公の味方側に勝手になるので、勝手に肩入れして「彼女がいるのに元カノと連絡とってる男? やめときなさいよそんなヤツさぁ」と思ってしまうけど、そう簡単に人の感情は割り切れないのですよね。好き嫌いの感情は複雑に結びつくもので、前向きで建設的で健全な関係だけを構築できるとは限らないんだよな、とリアリティが身につまされます。ラストシーンを読んでもやっぱり「やめときなさいよそんなヤツさぁ」と思ってしまうのですが、退廃的な関係性の美しさと言いますか、関係を断った方が健全だからやめるなんて簡単にはできませんね。酒と同じですね。※むりやりお酒に絡めて感想が書きたかった。
お酒の楽しさや魅力だけではなくて、お酒の席でや人間関係の苦さの部分を避けずにスポットを当てた良質の恋愛短編だな、と感じました。
【ク・リトル・リトル~深海の影~】サークル:アコンカグア
クトゥルフ神話を題材にした作品をコミティアや文学フリマで発表されているサークルさんです。アコンカグアは南米最高峰の山と同じ名前なので覚えやすいですよね。(ねじこむ山男アピール)
『瞳にうつるもの』著:鉄甫
自分だけに見えている怪異が、自分(と、犬)を追ってくる……。という状況が恐ろしい。伝統的な悪魔や日本古来の妖怪と違って、相手は正体不明の怪異なので主人公は当然それらの名前を知らず、「あれ」や「それ」と呼称している。これがまた怖い。ホラーの本質というか夜の暗闇で聞く物音もそうですが、何かわからないものがある、という状況は想像力と不安を強く掻き立てられます。
主人公が最初から犬を連れて散歩していますが、犬が酷い目に遭うホラーをいくつか知っているので飼い犬が「あれ」に襲われているところで「やられるのか?」と心配になりましたが、犬が食われたりしなくてよかった(ネタバレ)
徐々に追い詰められてから、反撃に転じるシーンが最高にかっこいい。弓を構え、使えるのかと聞かれて「弓道弐段!」と答える主人公、作品の方向性がはっきり示されている気がします。怪異から逃げ回り一方的に打ちのめされるホラーは「死ぬのか? いつ死ぬのか?」と緊張しながら読めますが、主人公側に立ち向かう手段があると「勝てるのか? 生き残れるのか?」と違った緊張感が出るのでまた好きです。怪異に立ち向かうタイプの作品ですね。
この作品ひとつで短編として完結していますが、続きがある書かれ方をしていたので、彼らの巻き込まれた別の事件もゼヒ読みたいです。
『深海の影』著:本島稔也
だいぶ昔にラブクラフト全集の一冊だけ読んだ記憶があるくらいでクトゥルフ神話についてほぼ知識のない私ですが、それでもクトゥルフ神話の小説と聞いてイメージする作品にぴったり来るのが本島さんの作品です。
ペンシルビバップが文学フリマ東京38で発表した新刊「幽霊」にゲスト寄稿いただいた「嫁金蚕」も傑作ホラーですが、本職(?)クトゥルフ系ホラーもモチロンおもしろいです。
ミスカトニック大学の教授を努める友人から調査資料の紙束を預かって、友人は自分の死の危険を察知していて「ここからどうなるんだ!」と、序盤で引き込まれて一気に結末まで読み進めます。明らかに踏み込んではいけない領域に触れてしまった主人公たちはどうなるのか、シチュエーションも相まってもう暗い未来しか見えません。果たして予感が正しかったかどうかは、ネタバレなので伏せますが、あとがきでも書かれているように今作はプロローグでしたので続きが気になる!
短いながら、交わされる主人公たちの会話がまた軽妙で、海外作品の会話を邦訳したかのような味わいがあります。詳しくないので適当に書くとクトゥルフガチ勢の方に怒られるかも知れませんが敵はインスマス? と呼ばれる人たちなのでしょうか。クトゥルフに詳しいとより楽しめるのかも知れないので、ラブクラフト全集もまた読みたくなります。こうして積読が増えていくわけです。
【第一芸人文芸部 創刊準備二号】
芥川賞作家で芸人の又吉直樹さん率いる、第一芸人文芸部の創刊準備二号です。文学フリマ東京37の時に前号、そして今回はこの第二号を購入しました。2015年に「火花」を読んでからすっかり又吉直樹さんのファンなのでどうしても買わなきゃならん、とイベント開始直後に店番をメンバーに任せて買いに走りました。
『月の裏側』著:又吉直樹
地球から遠く離れた惑星から、望郷のように地球を眺めて過去を回想する主人公。かつて地球で詩人を目指して暮らしていた日々と彼女の話。同じ又吉直樹さんの作品である「劇場」を彷彿とさせる青春小説でした。
地球を眺めて「僕は詩人になりたかった」と語る言葉がせつない。地球時代を夢を追った日々、彼女と過ごした日々は遠い過去、失われてしまったものへの憧憬が美しく書かれていて、夢を追って上京し夢に破れて故郷へ帰った人の回想録のようにも思えます。実際には故郷から遠く離れた別の星に主人公はいるわけですが……何かに憧れて夢を持って行動した体験のある人には突き刺さるのではないでしょうか。もちろん私も深く突き刺さりました。主人公の暮らす惑星からは地球の姿が五年に一度しか見えず、作中の回想の描写も併せて遠くかすれて二度と手の届かない過去への郷愁を感じさせます。
主人公は「地球から追放された」と語っていて、現代の様子は寂しげで、もう二度と地球に戻れないのを嘆き、自分や他の人々を追放した地球を恨んでいるような節もありますが、過去の傷や辛い出来事が今という時間を暖かく照らしているようで、失われたものへの寂しさと輝きが作品全体から感じました。結びの一文がとくに良い、のですがネタバレになるので書きませんが。良い。
「月の裏側」は、去ってしまったもの、消えてしまったもの、終わってしまったものへの憧れをやたらに美化するのでもなく、かといって過去の痛みや苦しさも目を背けてむやみに現在を賛美するでもなく、過ぎた時間も全て含めて今なのだと真っすぐに書かれている気がして、好きです。
『書評』著:ピストジャム
「書評の感想てなんじゃい」と思わなくもないのですが書評の感想です。今作の書評では以下の10冊が紹介されています。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー(著:アンディ・ウィアー)」
「右手を失くしたカリスマ MASAMI伝(著:ISHIYA)」
「宙わたる教室(伊与原新)」
「祐介・宇慰(著: 尾崎世界観)」
「ともぐい(著:河﨑秋子)」
「All You Need Is kill(著:桜坂洋)」
「路上(著:ジャック・ケルアック)」
「虚空船団(著:筒井康隆)」
「列(著:中村文則)」
「私はスカーレット(著:林真理子)」
書評なので本の内容に部分的に触れて、それがどういった作品なのか、読んで何を感じたのかといったなどなどが書かれているのですが、ピストジャムさんの書評を読むと全部読みたくなります。私はこの中では特に「列」に惹かれて読みたくなりました。
読んだことのない作品ですしタイトルからでは何もイメージが沸かないのですが、人はみんな意識的でも無意識的でも列に並ぶ。タワマンに暮らす人はタワマンの序列に並び、漫談やトークから降りた人もキャラ芸人としての列に並ぶ、「列」のテーマはすべての人に普遍のものとして書評で書かれています。現代社会の縮図としての序列に並ぶ行為の虚しさや肥大化した承認欲求の問題が書かれているのだろうな、そしてそれだけではないんだろうなというのが書評を読んでいるだけで想起されます。想起されると言うか「こういう作品に違いない、という読んでないはずの作品に対する感想」が頭の中で生まれるので、自分が勝手に抱いた「読む前の感想」が正しいのかどうか、作品を読んで答えを確かめたくなります。そのあとに書評を読んだらまた面白いだろうな。スマホのメモ帳にひっそり記録している「読む本リスト」に新たな10冊が追加されました。これはまた積読が増えるぞ。
私は感想を書く目的は「この作品はこんなに素敵だった」と伝えることだと思っていましたが、作中でピストジャムさんは虚空船団の書評の中で「書評の使命は本来紹介する本を手に取ってもらい読んでもらうことだと思っている。」こう書いています。そういった意味ではこの書評は目的を最大限に達成していると思いました。最近、新しい本を読みたいと思っている方はまずこの書評を読んでから本屋に行くと、10冊とも買いたくなるのでお勧めです。
『ハチマキ』著:山名文和
「ハチマキ」「アウター」「びゅーびゅー」という題のそれぞれ独立した3つの短編小説が入っています。
『ハチマキ』
町内会の餅つきイベントの打ち合わせで集まった主人公たち。「みんなで一丸になれるような何かをつけたい」と語る里美という男。わざわざ頭にハチマキを巻いて現れて、絶対にハチマキを推したいはずなのに決定的なことは決して言わない。里美のハチマキ推しに気付かずにTシャツだとか帽子だとかを提案する馬鹿と、二人のやりとりに笑いそうになり必死に耐える男。状況設定が面白くて、「コントを見ているみたいだな」と最初に感じたのですが、コントみたいだと思ったのは芸人さんが書いているという先入観と偏見が自分の中にあるからなのか、それとも本当の自分の率直な感想なのかわからなくなりましたが、感じたことを自分の言葉で書かないなら感想にならないので書きますと、やっぱり頭の中でコントの映像が浮かぶような面白い作品です。主人公は色々なことを考えすぎる男として書かれていますが、読んでいると、そうなります。
『アウター』
怖すぎない? 怖いんだけど……。短編ですが、緑色のアウターを買った友人に似合っているかどうか正直に言ってくれとしつこく聞かれて、「もうちょい暗めのグリーンでもよかったかもな」と答えただけで、あとは友人からしつこくねちねちと悪口を言われます。またこの悪口が絶妙というか、よくもこんな、ギリギリで相手を怒らせるボキャブラリーが次々出てくるな、と感心するような悪口の言い方です。でも、とにかくそれを徹底して繰り返すから、怖い。怖いけど、やっぱり言葉選びのおかげか愉快な怖さと面白さの絶妙な塩梅の短編でした。
『びゅーびゅー』
風VS母親。まるで童話や詩のような文体で始まって、前2作とはずいぶん作風が違うんだな、童話調なのかと感じるのですが、主人公が意地悪で閉じ込めた「風」を母親がゴミと間違えて捨てるところから、なんだか様子が一変します。風と母親は戦います。そして負けません。風を閉じ込めるだけなら童話的でファンタジックですが、それと母親が戦ってるのはどういうシチュエーションなんだよ! と読んでいて痛烈に面白い。『ハチマキ』3作の中で一番好きでした。
『俳句と散文』著:村上健志
一発目の俳句で一発で引き込まれます。五七五で表現する俳句の魅力ってこれなんだろうか。
自分には俳句の教養がないので良し悪しも評価点わからないけれど、言葉のすごいところは感覚的なイメージを読者の頭につくれることではないでしょうか。頭の中に、なんかちょっとべたべたしたような気持ちの悪さと艶めかしさの両立したイメージがさっと浮かびました。はじめの一句を引用します。美しくて醜い。これ多分、表記の仕方がツツジでもつつじでもなく、漢字で躑躅になってるからより良いのかな。文字の選び方だけでもだいぶ印象が変わるな、と感じます。俳句をわからないのに感想を書くのって物怖じしてしまうのですが、そもそも俳句も川柳も教養を競うコンテンツではないと思うので感じたことをそのまま書きますと、すごい。
俳句、川柳、短歌、自由律俳句のような短い言葉の文章作品の魅力ってこれなんだろうか、と楽しみ方が少し理解できたような気がします。頭の中にバッと浮かぶイメージ。作る時は、読み手に想起させるイメージを考えて書いているのでしょうか。それとも書き手が頭の中に浮かんだイメージを言葉に変換しているのか。読み手は、書き手のイメージを正確に読み取ることが求められているのか? それとも自由にイメージを解釈していいのか? どちらにせよ楽しそうだな、俳句が書けるようになりたいな……と憧れを感じさせてくれる作品でした。ちなみに散文のほうも軽妙で読み心地が良くて、控えめに書いても傑作です。
『ショートショートレストラン』 著:ファビアン
「シェフを呼んでくれないか?」「ドーナッツ♪」「たいふうたいふう」「肩と私と時々きのこ」「ど根性大根」「蟹・解体」「真夏の果実」という題で7作のショートショートが入っています。レストランの名があらわす通りにすべての作品に食べ物という共通の題材が使われていました。
1作目の『シェフを呼んでくれないか?』はわずか3ページの作品にショートショートの面白さがギュッと詰まった作品です。最後の一文を読んで「なるほどそういうことね!」と、楽しくなれる作品です。
続く『ドーナッツ♪』と『たいふうたいふう』は、タイトルも秀逸で、中身を読む前にタイトルを見ると内容のイメージが沸かないですが、作品とタイトルが連動していて面白いです。『ドーナッツ♪』は書かれていることがフィクションではなく現実になっても楽しめそうだな、と思える作品ですが『たいふうたいふう』は現実になったらマジで絶望だな、と感じながら笑えるショートショートでした。
『肩と私と時々きのこ』は、奇病できのこが生えるようになった女の子の話。読み始めの段階で「もしかしてホラー?」と警戒しながら読みましたが、身体からきのこが生えるというシチュエーションからは及びもつかない青春小説でした。読み終えた時に清々しい作品で良かった、と感じたのですが、今になって改めて考えたら身体からきのこが生えて、それを食べているというシチュエーションは怖いのかも知れない。でも読んでいるとすっかり世界観に呑み込まれてしまう楽しい作品です。
『ど根性大根』は時々アスファルトを突き破ってあらわれるど根性植物たちが一体どのようにしてああなったのか、「なるほど真相はそうだったのか!」とは、いやならないんですが、オチまで含めて幻想的で、内容もモチロン面白いのですがショートショートに大切なアイデアの発想力、読んで楽しくなれる作品でした。
『蟹・解体』も「もしかしてホラー?」と警戒しながら読みましたが、ホラーでした。いやホラーとは厳密には言わないかも知れませんが、読み返すと怖いよ!
『真夏の果実』これは傑作の青春小説では? 変化する「ベーシックフルーツ」というアイデアも独創的で最高なのですが、主人公の高校時代の部活動での悔い、苦い思い出、振り切れず一歩を踏み出せない現実、と魅力が盛りだくさんで「ベーシックフルーツ」のアイデア一本勝負ではなく物語そのものがすごく面白いのが好きです。無自覚でしたが私は大人になった人物の青春小説が好きなのかな? と気付かせてくれる作品でした。
7作品のどれもショートショートの魅力が詰まっていて、楽しませてくれる作品でした。
『歌詞とエッセイ』著:トニーフランク
歌詞とエッセイの両方が書かれています。まず、詩がとても感動的です。題が詩ではなく歌詞になっているのはこれ歌もあるのか? と思って検索したら、よしもとミュージックの公式YouTube動画でトニーフランクさんが歌っている動画が出てきました。「本の感想なのだから本の感想を書けよ」とこれを書きながら自分で突っ込んでいますが『壁の向こうに笑い声を聞きましたか』という歌、マジで感動するからぜひ聞いてください。曲買いました。歌詞の感動的なことを除いても歌も演奏もめちゃくちゃうまいし。低音の響く魅力的な歌声で、歌手としても活躍できるんじゃないかなと感じました。
私の兄は売れないまま辞めてしまった芸人で、気軽に尋ねられる話でもないのでどうして辞めてしまったのか聞いたこともないのですが、『壁の向こうに笑い声を聞きましたか』を聞きながら、たぶん色々あったんだろうな……と苦労話を聞いたわけでもないのに、勝手に考えて兄に同情していました。
歌詞が良いのは書きましたが、エッセイの部分もすごくいい。自分自身の体験と、感情を華美に語るのではなくて率直に書かれているのが刺さります。魅力的なエッセイってこういうものだよな、と改めて感じます。
ここまで「第一芸人文芸部」の作品を読んで、どの著者も文才があるのを当たり前のように読んできましたが、よく考えたら芸人である上に文才もあるってすごいことじゃないですか。そのうえ音楽の才能まであるのかと思うと、どれだけの努力をしてきたんだろうなと、脱帽です。
『分岐文』著:赤嶺総理
春夏秋冬や新年、芸人といったテーマに沿って、小気味よい繰り返しのリズムで書かれた詩です。(詩、と作中で書かれていないものを勝手に断言するのも悪いですが、詩だと感じたという意味で)
同じ言葉を繰り返し使ってはいるのですが、反復してイメージを強めるというよりはタイトルが『分岐文』となっているように、ひとつの言葉から始まった文章が決められた文字数から分岐して、それぞれ違う文章として着地していくように感じる作品です。これ、読んでいるとすごく面白くて、お題の言葉からどんな文章になるのか? と読んでいて楽しくなりますし、自分ならどんな文章に分岐させるかな、と考えるのも楽しいし、無限に読んでいたくなります。すごく遊び心を感じる作品でした。
他の購入作品の感想はまた後日、公開させていただきます。