自然が好きだと、気付かなかった少年時代

父は青森の出身で、実家は津軽平野の中里町（現・中泊町）にある。

少年時代の私は夏休みになるたびに青森へ行くのを楽しみにしていた。父の実家の窓から見える岩木山、どこまでも続く広々とした田んぼ。車で連れていってもらえる十三湖や竜飛崎といった景勝地、白神山地の青々と茂る木々を見るのも好きだった。

地元で見る海は砂が撹拌されて濁っているが、深浦から眺める日本海は、重くて深い青色をしている。青森で見る景色は何もかもが違って見えた。電線を埋め尽くすカラスの群れ、大きく巣を張る女郎蜘蛛でさえ青森で見ると美しく見えた。最寄りのジャスコまで３０キロという立地でさえ好きだった。

一時期は、大人になったら青森で暮らしたいと考えていたほど。両親のどちらも豪雪地帯の出身なので「雪国の冬は過酷だから諦めろ」と何度も言われた。

地元の川崎でもお気に入りのスポットは多摩川の河川敷か二ヶ領用水の桜並木で、少年時代には多くの時間を川べりで過ごした。

私は自然が好きだったが、それなのに自然が好きなのだと自分で気付いていなかった。

大人になって就職をして、川崎を離れて東京で働きはじめる。何年経っても都会のビル群や渋谷・新宿の喧噪に場違いな感覚や苦手意識が拭えない。スクランブル交差点で立ち止まっている時、吹きさらしのビル風を浴びている時、どうして自分はこんなところにいるのだろうかと疑問に感じる。

「たぶん都会が嫌いなんだろーな」とは気付いているもの、自然が好きなのだとはまだ気付かない。

少年時代を振り返って遠出した記憶を思い出そうとすると、自然の景色ばかり思い浮かぶ。日光に行ったのがいつで、そこで何をしたかは覚えていないのに、怒涛のように水が散る華厳の滝の迫力は今でも思い出せる。貴船神社の景色は曖昧にしか覚えていないのに、京都の雨に濡れた楓の葉は忘れない。どこかの海の透き通る青さや、車の後部座席から見た名前も知らない山の美しさは覚えている。それがどこかは忘れていても。

だというのに、自然が好きなのだと気付いていない。

ようやく自然が好きなのだと気付いたのは、ほんの数年前。山登りをするようになって、山頂から遮るもののない青空を見た時にふと、思い出す。

ああそういえば少年時代、青森で同じように空を見上げていた。空を見上げて少年だった私は「どうして青森の空はこんなに広いんだ？」などと考えていた。

しばらく考えてから「そうか、高い建物がないから空が広くみえるんだ！」などと、当然のことをまるで大発見かのように感じた。

たぶん、少年時代からずっと、自然が好きだった。
　
あの頃、自然が好きというのは自覚する必要もないくらいに当たり前だったから、きっと気付かなかったのだと思う。大人になって自然に触れる機会が減って、ようやく自分が何を好きだったのか自覚した。

たぶん今でも気付いていないだけで、少年時代に好きだったものが他にもたくさんあるのだろう。あと二十年、いやせめて十年早く気付いていればなぁ、と時々思う。日本中にまだまだ私の知らない自然の景色があって、一度も行ったことのない海外には想像もつかないような自然があるに違いない。そしてそのほとんどを目にすることなく時は過ぎていくのだと思う。

それならせめて、少年時代に気付かなかった景色を見落とさないように生きていきたい。

青森の景色

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