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【人生ノート 194ページ】強いてはならない。強いられてはならない。十人十色の心のままに思う存分すすましめよ。

 今までの世には、偉人や聖人はたくさんあったが、神人はまれであった。

 威ばる者ほどもろく、怒る者ほど小さく、残酷な者ほど弱いのである。そして、頑固なものほどころりとまいりやすいのである。だから、これらはみなすこぶる御しやすい。
 いちばん難物なのは、ばかか利巧か、知っているのか知らないのか、平気なのか困っているのか、どっちがどうやら、わけのわからない人物である。

 情の人はおぼれやすく、理の人は育てず。
 情理かねるところ、はじめて信あり。

 われとわが身を正確に評価することはなかなかむずかしいことだ。しかし、このことはひじょうに大切なことである。

 とにかく、自分の生活をしている人は幸福である。どんな辛い(はたから見て)その日その日を送っていても、得心のうえなのだから結構だ。第三者から見て、ばかげた行動であっても、その人自身にとって結構であったら、このうえはない。他人から、しつこく、とやかく干渉するのは愚かだ。
 これに反して、はたから見て、いかにも幸福そうな生活であっても、束縛され強制されたのでは、その人は死んでいるのと同様だ。霊のぬけた肉体だけが、機械的におどっているにすぎない。
 いまの世には、こうした死人がすこぶる多い。

 普通の人が、いかに阿諛性に富んでいるかをよく見てみるがよい。多少名の売れた人、あるいは貴顕の人とか、上長官とかに対して、一般の人がその一顰一笑に、どれほど阿諛の限りをつくしているかということ、および、民衆とはざっとこんなものであるということをよくよく悟るがよい。彼らには、理解も自覚もあるのではない。たんに、人がほめればほめ、人が貶せばけなすに過ぎない。まして、ほめへつらって損がいかない場合においてをやである。
 そして、まだ名の出ていない人々に対して、どれだけ彼らが軽侮をもって接しているかを、よく見るがよい。たとえ、それらの人々が実に立派な働きを示したにせよ、彼ら民衆はけっして一度や二度で見向きもするものではない。名の出た俳優のやっちもない台詞にでも、大向こうは喝采を送るものだが、下役の者の真にせまった仕種には、見向きもしないのが民衆である。
 これは、人間の心理作用の微妙な点をあらわしているのであって、すでに名の出た人をほめても、けっして自分の不明にはならないが、出ない人をほめることは、一面、自己のやりそこないとなりやすく、一面、一種の自尊心をきずつけると思うからである。要するに、着物によって人格をきめてしまう世の中なのである。
 各自になんらの見識も自覚もなく、利によって集まり、利によって散ずる現代ほどばかげている世はない。

 われわれは、ともすると、外形的なことのため迷わされやすい。むろん、内は外を通してでなくては知ることはできないのだが、その観方があさはかだからだ。
 たとえば、文字のつたないのを見ては、すぐにその人格を云為し、文章にあやまりが多いといって、その内容を汲むことができなかったりするのが常だ。
 一見、文字はつたなくても、とにかく、どことなしに高尚に感じられるのと、野卑に感じられるのとがある。ここのところを、よく心眼をもって見きわめるようにならなければならない。
 
 学識のあるなしで、人を尊敬したり、しなかったりするのは大間違いだ。
 学識のある人、かならずしも人物のできた人ではない。学問のある人、けっして悟った人というわけでもない。
 むかし、わが国で、武技の達人が尊敬の的であったように、今では学問というものがそれになっている。
 今後は、真の人格が標準にならなければならない。偽善や虚偽で、自己と世間とをごまかしているような偽の人格、テンプラ人格者をこころざしてはならない。

 本気で人を悪くいうのは、自分が小さく弱いということを証拠だてているのだ。

 自分は悪いことはしていないと思う心は、すでに他人を蔑にしている証拠である。自分だけが清く美しく偉いとして、他のいっさいに対してむやみと批判と干渉をつづけ、他人の行動に対していちいちけちをつけるのは、実に大なる、他を犯すの罪である。

 強いてはならない。強いられてはならない。十人十色の心のままに思う存分すすましめよ。
 人を批判するのは自己を基としてだ。弱くおろかなる自己を基として他をさばくことがどうしてできよう。
 あるままにあらしめよ! なるままにならしめよ! そして、めいめいをして考えしめよ! 悟らしめよ!
 ひからびた道徳のきずなに、なお黙々としてつながれている人々よ!
 目をあげて天を仰げ! 地を見よ! そして、なんのこだわりもなく、すらすらと進展してやまぬ大自然の自由さを味わえ!
 われとわが手に綱をない、われとわが身をしばっている愚かなる人ちょうものの集団よ!
 神を呼び、人を呪うことをしばしやめて、われとわが手に、わが綱を切らずや。

『生きがいの探求』、出口日出麿著

【これまでの振り返り】


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