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ひびが入った『ふれんず』
幼い頃から疑問に思うことがある。例えば漫画の展開、ありがちだが意中の人にフラれた主人公が一念発起して、後に皆が振り返るような美女になる、というもの。
この過程で必ずと言っていいほど、眼鏡をコンタクトレンズに変えるだろう。
何故、眼鏡をかけたままではいけないのか?
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毎日ロリィタ・ファッションに身を包む。
服装に合わせて洒落たデザインの眼鏡を選び、豊富なチャームやチェーンを取り付けて出掛ける私とて、しばしば
「勿体無い」
と言われてきた。
ファッションの一環なのに、まるで写真加工アプリでそこだけ何となくぼかし、消されるような感覚に襲われる。
視力が良いに越したことはないが、眼鏡イコール野暮ったい、大人しい、頭脳明晰などのイメージを覆したかった。
私は私の考える〈かわいい〉で生きている。
カラーコンタクトの代わりにカラフルなフチを。アイメイクも楽しみ、他人から見えにくくとも自分の気分が上がる方へ。
寒風吹きすさぶ通学路でもランウェイだ。
「茉歩(まほ)おはよう。わぁ、今日はぬいぐるみ付きのマフラー?」
潰れたうさぎの耳を、ぴょこんと元に戻してくれる彼女は柚(ゆず)ちゃん、10年来の友人であった。
私たちは共に大学の服飾学科に通い、柚ちゃんは大体パステルカラーにゴシックなアイテムを組み合わせる。中にはもっとアバンギャルドなコーディネートの学生もおり、環境に馴染めない訳がなかった。
「クリスマスを過ごす相手が居ない」「集まろう」「服飾のみんなで鍋しようよ」との話が持ち上がる程度には仲が良い。
参加を決め、ふたりで赤い髪にまで染めたところが、
「ごめんね。ゆうべ、土塚(とつか)くんに告白されて『いいよ』って返しちゃった」
柚ちゃんの一言で砕け散る。
彼は初っ端から私たちに向かって、
「幾ら何でもベッタリ過ぎん?」
と揶揄ってきたような失礼極まりない男だった。
横取りされた気分、尚且つ〈ロリィタ眼鏡〉と呼ばれた恨みも。そう簡単には受け入れられず、淋しく現実に手を振って、しばらくの間、彼女と距離を置くことにする。
いずれ恋人の影響が及んで、こちらに「眼鏡を外せ」と不要なアドバイスをしてくる恐れにより、その日は何を学んだか、あまり覚えていない。
ただ色白、華奢な後ろ姿、ベビーピンクのカーディガンに真っ赤な髪の毛が映える、と思っただけ。
それとは裏腹に10年分の色が褪せていく。
鍋の蒸気で眼鏡が曇った。
あれからすぐに土塚の方が柚ちゃんとの交際を明かし、私に深々と頭を下げる。
「俺は、茉歩さんの大切な友達を奪うつもりは全然なくてさ。今まで通りよろしくね」
「そんな話、聞かされても」
食堂で周りにじろじろ見られて、何とか絞り出した言葉がこれ、当の本人は私をやや避けていた。
ほつれてしまった友情を縫い合わせる技術は残念なことに私にはなく、そうこうしている間にクリスマスがやって来て、鍋の底にくっ付いた薄っぺらい豚肉を剥がして食べる。
正直、柚ちゃんが居なくとも1週間足らずで新しい友人ができた。
あちらは土塚を中心とした男女混合の華やかなグループに入り、こちらの鍋パーティとは別にデートを楽しんでいる(多分)。
だけれども、離れた途端に私の悪口を連ねる者に対して、彼女が掴み掛かる勢いで怒ったのは、忘れようにも忘れられない。
「あなたにとやかく言われる筋合いはないでしょう。茉歩はお姫様みたいな子だよ。地球上でいっちばん、かわいいんだから!」
誰かに認められなくても、自分で自分の存在を認められるのみか愛すことさえ可能な私に一層、自信をくれた。
今日はやけに眼鏡が曇り、洟を啜る(柚ちゃん、ありがとう)。
『メリークリスマス』
彼女のSNSには、赤い髪に染めたばかりのふたりが並んで笑う写真が投稿されていた。
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