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花言葉はソラシド(⒉白い紫陽花)


 あの投稿にコメントする猛者はいただろうか。
 休憩中にふと気になってSNSを開くと、アカウントごと削除されており、単にフォロワーがふたり消えただけにしては何とも後味が悪く、アプリを切り替える。


 そうやって、しばらく悩んだ末に、あちらを責めるような『仲良しだったのになんで』を封じ『心配』のただ一言を選ぶ。
 共通の友人だからこそ、双方に同じメッセージを送った。返信が待ち遠しい。



「生まれ変わったら空沢 (そらさわ きぬ)になりたい」「ポーチの中身プチプラばっか。はいはい、顔がデパコス」「ストーカーされたとか男に媚び売ってるからでしょ」「声掛けられたの自慢にしか聞こえない」
(勝手に憧れては幻滅、どうしろと?)
 

 中学校の修学旅行で都会に行き、のみ芸能事務所から熱烈なスカウトを受ける。以降は陰でいじめられていた。
 徐々に怒ることができなくなり、感情ひとつ欠けたまま「高校では上手くやろう」と思って案の定、拗れる。


 長らく人の目やイメージと闘ってきて、片想いの経験なし、好きが言えないような淋しい自分に気付いた。
 従って大抵の友情は続かず、大学で出会った(みね) ちづるが唯一の存在である。
 彼女が新しい相手を探しているとなれば『もしかしたら相性いいかも』で最近、偶然の再会をした高校時代のクラスメイトと引き合わせた。


 しかし呼び出した男、つまり紫藤 佑(しどう たすく)はどうやらこちらの『1回付き合って』を誤解し、峰も気乗りしない様子だった。
 それが今、花がコンセプトの可愛らしいカフェに響き渡る程、話が盛り上がっている。

「やっぱ〈まいらいふ☆ふぉゆっ!〉だと、ぷりんあらもーどさまー推しだよね。人気投票でもぶっちぎりだし。あ、声優さん繋がりで〈天泣ステンシル〉は観た?」
「あれ、最終回がアニメ史に残るぐらいの出来で」
「分かるー。特に耳飾りのシーンね」

 置き去りにされ、意味不明な用語が飛び交う中で静かにラベンダーティーを飲んだ。
 元コスプレイヤーのネミちー即ち峰と「二次創作メインでイラストを描く(趣味)」と言う紫藤が、恋人同士になるのは時間の問題だと感じる。


 が、紫藤がお手洗いで席を外すと峰はふんと鼻で笑った。
「髪を切って服装も変えればいけそうじゃない?」
私は嫌な空気を掻き消そうと心の清浄機にスイッチを入れる。

 先程までの興奮はどこへやら。友人は手のひらを返すように顰め面でスコーンをつまみ、
「きっつ。明らかにソラちゃんのこと好きじゃん。ぷりんあらもーどさまーってキャラ、めちゃくちゃ似てるもん、ツンデレ美人。タイプ分かりやすいな。そんで、私はシドくんをフるために利用されんの。迷惑」
友達としてはアリだけどね、と付け足す。
 

 純粋にお似合いと思いきや、そうでもなかった。紫藤は私とふたりきりでなくとも「言葉足りないのは、ばあちゃんで慣れてるよ。紹介してくれてありがとう」と爽やかに頭を下げる。余計な世話を焼き、大切な彼らを傷付けてしまった。


 ところが、帰りに連絡先を交換しており、何故か胸がざわめく。


 仕事の都合でシンガポールに住む両親、紫藤は祖父母に育てられた、友人が少ない上に恋人はおらず(言うまでもなく)、仕事はグッズ・フィギュアの製造、全てを峰の口から聞かされるのはともかく、
「なんかシドくん可哀想」
との台詞が、魚の小骨が喉に刺さったかの如く痛みと違和感を連れてくる。


 彼と祖父母の実態を知らぬ彼女にとっては、いきなり高齢の家族を押し付けられたような感覚で、仲が良く、送迎を自ら進んで行うとはまず考えられなかろう。

 否。本当は、かつて異性に憐れまれた自分自身と、紫藤をいつの間に重ね合わせていた。 
 SNS並びに創作系ウェブサイトを見て、恋愛シミュレーションゲームアプリ〈まいらいふ☆ふぉゆっ!〉を始め、少しずつ近付き、徹夜で青春アニメ〈天泣ステンシル〉を全視聴した辺りで芽生えた愛を自覚すべきだが、峰の『似顔絵描いてもらった!』『再来週の花火、一緒に行く』(但し誰とは言っていない)などといったつぶやきによって、そちらを応援する。


 花火大会、当日までは。


「うーんと。ネミちーさん、具合悪くなっちゃったんだってさ。熱中症ぽいなんて、無理させらんない、ゆっくり休んでほしい」
 屋台で買ったと思われる、かき氷やチョコバナナを持つ紫藤が目の前で語った。
 引き返してきたらしく、我が家に近い住宅街で鉢合わせる。
 

 彼の話はでたらめだ。
 すっぽかされても悪口を言われずに庇われた本人は裏アカウントに『あんなのとまともに会う訳ないよね』『誰かボランティアで構ってあげて(笑)』と書き連ねた。


 優しい気持ちを弄ぶ行為は許し難く、画面を突き付けると涙が頬を伝う。
「ばか、最悪、こんな。も、関わっちゃやだ」
 紫藤が慌てふためいて他人の視線から守ろうと食べ物で私の顔を隠し、怒りながら笑って、久しぶりに感情を剥き出しにできる相手を見つける。


「僕、実はずーっと好きな子が」
 重たい前髪、耳たぶの形、しっかりとした鼻、唇の厚みと顎のライン、喉仏、ポロシャツにチノパンツ、ボディバッグという野暮ったさ。
 鍵付きなのにクリアなケースのようで、常に宝物が透けていた(嗚呼、一生愛してくれないかな)。


過程すっ飛ばして結婚しませんか
「えっ、何て? 今まだ負ける確率はちゃめちゃに高い告白の途中……」
「うちのマンション、隣が空いてて。あと、彼氏よりも旦那向きな感じ」
 空沢さん、と呼ばれ、勢い任せでしなだれかかるも両手が塞がって私を抱き寄せられない彼はもどかしそうに唸った。


 打上花火をよそにふわりとチョコレートだとかシロップの甘ったるい香りに包まれて、
「よろしくお願いします」
私たちの新しい関係が生まれる。

《 続く 》


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