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24時台の迷子
心は近くとも物理的な距離が遠い恋人のため、毎月2回は高速バスで車中泊をしている。
大学生同士で、昨年〈リゾートバイト〉を通じて知り合い、彼女がこちらに来ることもあり、俺たちの関係は良好だ。
深夜のサービスエリアで休憩。一旦降りて、メッセージを読む(謎めいた『ぶな』だけの)。
さてはまた途中で眠りに落ちたのであろう、答えはきっと『無難』。
手元から視線を外し、明かりの方へ、てくてく歩いて行き、用を足して、ハッと気付く。
眼鏡を車内に忘れるばかりか、ナンバーすら確認せず。裸眼のぼやけた視界、迫る集合時間、どのバスも同じに見え、危険な駐車場を彷徨った。
置いて行かれる、と焦燥感に苛まれ、最悪の場合しか頭に浮かばない。
迂闊だった。恋人のユメと過ごした週末、文字通り夢見心地の余韻に浸り、にわか雨の後、水溜まりに映った寝癖がついてぴょこんと跳ねる髪が自分自身を表すようで、幾度となく目を凝らし、細める。
バス、バス、バスなパレード、光の残像。
「もしかして。お兄さん、迷ってますか」
先程トイレ付近ですれ違った、シンガーソングライターのグッズと思しきマフラータオル、ロゴ入りスウェットにデニムパンツでいかにもライブ帰りの男に声を掛けられ、
「はい。あと5分で、絶対に見つけなきゃ、どうしよ、かなりやばいです、乗るやつどれか分かんない」
とありのまま伝えた。
咄嗟に滑り出る混乱に満ちた言葉を彼はしっかり受け止めて
「どこの会社ので、行き先は?」
親身になり、高速バスを探してくれる(感謝)。
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色合いが金木犀の花、それと再会した途端、安堵によって涙が込み上げて、人前かつ出発間際なので堪えるも、
「落ち着いて考えましょう」「僕も経験ありますよ」「次回からは気を付けてくださいね」
など、初対面で名も知らぬ者の優しさに触れた。
若干寒い空調(頭上)の向きを弄って、ブランケットに包まった時だとか、眠気覚ましのブラックコーヒーではなくカフェオレを飲んだような気持ちがじんわりと染みて、俺の中に深く刻まれる。
うたた寝で朝を迎えて、高速バスターミナルに着く。休憩時に迷惑をかけた分も含め、
「本当にありがとうございました」
と運転手に言った。
着替えが入った大きめのショルダーバッグ、ユメに褒められたオンブレチェックシャツとカーゴパンツのコーディネートに、午前6時前のうら寂しい風景が重なる。
かかとの擦り減ったスニーカーですたすたと、このまま帰宅して一休み、午後からは大学、慣れたもの。
だがしかし、ユメに『おはよう』と到着を知らせても『ぶな』以降の連絡がなかった。
できれば電話で昨晩の話を聞かせたい。よし、親切なあの人が好きなシンガーソングライターの曲も聴いてみよう。
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端の座席で電車に揺られると、旅の疲れが出て睡魔に襲われ、やがて柔らかな朝陽を浴び、危なっかしく握り締めたスマートフォンの通知欄には『ぶなしめじ買ったのに使い忘れてたよ!』とある。