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一雫で君が香る頃


 の勤務先は駅前、商業施設の3階入り口付近だ。洋菓子を扱うチェーン店で、ハロウィンは肩透かしを食ったように思うが、この後に控えているクリスマスは間違いなく行列ができ、休む暇すら与えられないだろう。


 それはさておき、同じ階に雑貨屋があり、休憩中に〈プチプラコスメ〉を探しに行くついでに、そこでアルバイトしている友人の顔を見ようとするも、本日は休みだった。

「なんか昨日、様子がちょっと変で。本人から何か聞いていませんか」
「いえ、初めて知りました。教えて下さりありがとうございます、後で連絡してみますね」


 会計の際にレジで雑貨屋の店長と言葉を交わす。妙に元気いっぱいで空回りしていたと言うけれども、あの子が不思議なのは今に始まったことではなかった。
 話半分で商品を受け取って、左の腕時計に目をやる。退勤まであと4時間12分。

 限りなく白に近い金髪が緩やかに巻かれて垂れ下がり、着色直径が大きめなカラーコンタクトレンズ、アイラインは決まって黒、涙袋がいつでも輝きを放っていた。笑うと八重歯がこんにちは、歳上の〈いかつい彼氏〉がおり、ぶかぶかの服を着て、危なっかしい言動、年齢の割に幼い印象を受ける。


 夏頃、ゴミ捨ての際に業務用エレベーターでよく一緒になった、パペはそういう女の子であった(ちなみにニックネームは滑舌の悪さに由来する。パフェが好きらしい)。

 私はといえば、黒髪を短く切り、薄い眉に低くて丸い鼻、頬のほくろがチャームポイントで「友達に似てる」と他人から言われがちな容姿を持ち、恋人はおらず、パペがしっかり者だと姉のように頼ってくる。
 彼女と比べなくとも明らかに地味だが、私はこれで良かった。


 何故ならば翌日の昼、バックヤード・従業員用のお手洗いにて化粧を直していた時に
ロティ
と呼ばれて鏡越しに後ろを確かめた瞬間、コーンロウ並みにサイドの髪を細かく編み込んでブラウンのアイシャドウで目を囲み、カラーコンタクトレンズと口紅は深い赤茶で揃え、ショート丈のパーカーにデニムワイドパンツ、ストリート系ギャルのような雰囲気にまとめた誰かと、視線がばっちり合う。


「その呼び方は、パペ?」
 スパイシーな香りを嗅ぎ、すぐさま振り返って変わり果てた姿の友人に手を伸ばす。
 仮装にしては普通で、というか既に11月であり、時期を過ぎている。


「うん。彼氏に貰ったんだ、ミニサイズの香水セット。ちっちゃくてかわいい瓶が6つ入ってて、毎日変えられんの。直接、肌に一滴垂らして着替えたんだけど、今日のはジンジャー、ブラックペッパー……諸々。分かんない、みんなに心配される。微妙だよね」
別人の如くすらすらと喋りながらパーカーの紐を結んで、パッと解いた。


 普段の舌足らずな子供っぽい話し方はどこへやら。声色さえ個性的でカッコいい、いや、香水に影響されるなどあってたまるものか。
 しかし、また翌朝もオリエンタルなムスクとサンダルウッドを香らせ、センター分けにしたまとめ髪はフェイクリーフとパールのヘッドドレスで飾って、ストールに包まり、丈が長い暖色の柄物ワンピースが神秘的なシルエット。
 傍から見る分にはなかなか面白かった。

 ファッションのみならず中身も通常の彼女とは大きく違い、私が手を振っても怪しげに微笑むだけである。


 あまりの変貌に周囲の人々は首を捻ったり、問い詰めた。その結果、パペは無自覚と思われる。他の購入者はどうなのか、あらゆる検索をかけて口コミを調べた。
 だが『良い匂いだと褒められた』だの『フローラルが気に入った。ローズ中心なのにあどけなさを感じる』だの、星がいっぱい並び、私の友人以外は何ともないと分かる。


 木曜は気持ちが落ち着くようなシダーウッドとペチバーを漂わせ、大人しく休憩室で本を読んでいた。心理学について。ひょっとすれば似た事例が載っているのでは?

 ベレー帽を被り、珍しくも裸眼でカーリーヘア風、暖かそうなアーガイル柄のカーディガンと無地のロングスカートが思いのほか、元々パペが纏う柔らかなオーラと組み合わさって、より一層、魅力を引き立てる。

「コーヒー飲めないんじゃなかったっけ」
「ううん。お砂糖入ってたら平気」
ロティ、と呼ばれ続けなければ毎日すっかり化ける彼女に到底ついて行けなかった。

 しかも、ようやく休めると布団で半日すやすや眠っていたところ、職場から電話がかかってきて、急きょ学生の代わりに出勤となる。

 金曜の夕方に笑顔でホールケーキを買って帰る親子の幸せを願った。
 町のケーキ屋ではなく、駅前まで足を運んでくれるありがたさ、ろうそく(キャンドル)の数は5本、お誕生日おめでとう。


 こういった慣れてしまいたくはない当たり前の業務中、両替に向かうパペを見掛ける。
 〈ツインお団子〉ヘア、ごろごろフルーツをあしらったつけ襟、ティアードフリルの生クリームみたいなドレス、瑞々しい唇、華やか且つ甘い彼女はさながらスイーツのお姫様。
 心が癒され、不純物は上手い具合に溶けてラストノートにさよなら。
 

 さあ、いよいよ6日目。
 どのような出で立ちで現れるのだろうか。
 混雑が予想される土曜は従業員の数が多く、引っ切り無しに「おはようございます」と挨拶してやっと店に着く。


 事前にメッセージを送り『遅番だよ〜』と聞いた。なんだかんだで今週は友人のおかげで楽しく過ごせて、仕事にも張り合いが出る。
 ぐっと下がった気温がまたもや上がって、館内の服装もバラバラ、流石に半袖のお客様はこちらの方が不安に思う(袖を差し上げたい)。


 と。
 視界の端に、こっくりとした茶髪を1つに括り、真っ新なフランネルのシャツに、ベージュのテーパードパンツを穿いた、手ぶらで、シンプルな装いの女性がーーまさか、パペではあるまいと思ったら、最後に度肝を抜かれた。

「ロティ。髪の毛、暗く染めちゃった。どう、かなぁ?」
 ナチュラルなスペアミントとグリーンティーを吸い込んで、自然体に近付いた彼女を褒める。
「最高!」


 結局、どんな香り・姿であろうと私はパペが大好きなのだ。
 日曜の休みを挟んで、翌週以降は茶髪でいつものスタイル、奇天烈な香水セットにつられたのは最初のうちだけ、まさしく狐につままれたような気分で、今も隣にいる。