追い詰められた
基本的には軽いうつ状態なのがデフォルトな私であるが、ガーンと落ちきってしまった。
頑張ってやめていた自傷行為も復活しそうなレベルだ。
特になにかがあったというわけでもないのだが。
とにもかくにも「死」を考えるほど視野が狭くなっている。
仕事中も、通勤中も、道を歩いているときも、常に死ぬことが頭にある。
これは別の記事でいつか書くつもりではいるが、私の父は自死遺族である。
父は高校生の時に母親(私の祖母にあたる)を亡くしている。
年の暮れに失踪し、年明けに地元から離れた湖で水死体が上がったらしい。
祖母は精神が不安定なところがあり、変なところに異常なこだわりがあったので、父としては付き合いにくかったようで、亡くなった時は正直ほっとした部分もあると以前話していた。
私も精神は不安定だし、妙なこだわりはあると自覚しているので、なかなかに他人事とは言い難いものがある。
私が死んだら誰かが「正直ほっとする」のかもしれないなと思う時、私は死に吸い寄せられそうになる。
生まれたからといって、自然に人生を終える必要はないと私は常々思う。
自殺がいけないという法律はないし、「残された人のことを」と言われても死んでしまえば見えない。
「残された人が」などと言う人。
死んだ後に喜びの舞を全員で踊られる可能性などもあるわけで、なんと無責任なことを言うのかと腹立たしさすら覚える。
死んだら悲しむ人がいると当たり前に思っている人は想像力が足りないのではないか。
それとも経験したことがないからまったくもって意味がわからないだけなのか。
話は逸れたが、とにもかくにも私は追い詰められている。
こうなるともうなるようにしかならないことはこれまでの経験でわかっているので、なにか特別なことをするつもりはないが、どうにも腹立たしいのである。