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【掌編】冬を観に行く【散文詩】

 三月には終わってしまうというので、急いで冬を観に行くことにした。春先に解散したら、もう冬は二度と上演されないのだそうだ。解散後は小さな母体を残すのみで、あとは三々五々なのだとか。

 どこでもないどこかからあなたと乗り込む、雪原発雪解野行、最後の高速バス。揺られて何時間か夜を越えれば、朝の雪原が両腕を広げてわたしたちの訪れを待っていた。熱のない光に照り返す、半ば凍り付いた湖。その真横には、ありとあらゆる季節から捨てられた瓦礫で作られた背の高い門。先には、真冬の雪を固めて作った白灰色のレンガ造りの劇場がひぃやりと佇んでいる。

 世界中から集められたありとあらゆる冬の競演を、わたしたちは言葉もなく、息を詰めて観続けた。有名な巨匠による寒々しい冬の夜、真っ赤な心臓のように描かれた冬の灯、百通りの雪の舞い方。お席からご覧ください、冬には絶対お手を触れないでください。自然と浮きかけた腰に、係員から指示が飛ぶ。あれこれ見つめ続けるうちに、わたしは、どの冬が一番好きだったのかわからなくなる。

 冬を堪能しつくした後、出口の近くで振り返ると、ありとあらゆる季節から捨てられた瓦礫で作られた廃材の門扉がわたしたちを見送っていた。冬が解散したら、どの季節からも捨てられたこの門はどうなるのだろう。そう考えていると不意に、こつん。足元に何かが転がってきた。門扉から転がり落ちたのは、小さな箱型の手回しオルゴールだった。壊れていて、単音がぽろ、ぽろと零れるだけのそれを、わたしは黙ってポケットに入れた。

 何を拾ったの? ーーいいえ何も。
 この世界の誰もがいつか、冬というものがあったことを忘れてしまっても。ポケットの中で透徹した冷たさを放つ欠片を、震えながら持ち帰る。帰宅したら、冷蔵庫の奥でそっと保管しておこう。いつか、あの時一緒に冬を観に出かけましたよね、とあなたと懐かしく話をする日まで。ぽろ、ぽろと零れる音を聴いたら、バス停の位置くらいは思い出せるといいなと願いながら。

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急にあたたかくなりつつありますね。
♯シロクマ文芸部 さんの素敵なお題をお借りしました。いつもありがとうございます。

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雪柳 あうこ
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