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生活の短編

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ラジオ

ラジオ

 
 「さて続いてのお便りに参りたいと思います」

 「ラジオネーム、"今夜も眠れない"さん」

「こんばんは。私には長い間付き合っていた彼氏がいました。
私の彼氏がこのラジオが好きでよく聴いていたので、ふと想い出してメッセージを送りました。思えば、彼とは四年間もの月日を共にしたのですが、今はどうして彼の事が好きだったのかまるで思い出せません(笑)これってどうしてなんですかね?今思い出せるのは彼の

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ひかり

ひかり

 真っ暗な中、ひたすらに壁を見つめていると、木目がこちらを睨みつけていることに気がついた。なにか大袈裟にものを喋ろうとしている時の目だ。

 トイレにいく。小さな小窓から光が反射する、壁のタイルを見つめていると、今度はタイルの模様がこちらを睨みつけている。これは何かを疑う時の眼だ。

 ゆっくりと目を閉じる。壁もタイルも。ゆっくりと閉じる。3人で眠ろうかと大きく息を吸い込むと、そこには私がいて、私

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お天道様も私と一緒

お天道様も私と一緒

 朝は晴れていたのに、いつの間にか雲が覆い被さっていました。
 夏にそんなにモコモコの毛布を出したら、お母さんに怒られちゃうよ。ほら、言わんこっちゃない。汗が降り出してきたではないか。
 せっかく洗濯物を干したのに。さようなら、私の洗濯物たち。でも分かるよ。クーラーの中厚い毛布被るのサイコーだよね。

 きみ、気が合うね。

て

 私に向かってくるたくさんの手のひら。
 その手が私のカラダに触れる時、私を掴んで引っ張るのか。はたまた押すのだろうか。
 掴むのなら離さないように
 押すのなら思い切りに
 
 もしかしたら触ることなどないのかもしれない
 私の目の前で手のひらを左右に振り続けるだけなのかもしれない。
 はたまた、こちらへ来いと手で招くのかもしれない。

 どちらにしろ、触れられないことは悲しいものだ。

「生きる」夏から抜け出して

「生きる」夏から抜け出して

 薄暗い地下の黒くて重い扉を開くと、真っ白な煙がモヤモヤと広がっていた。数名の影の間を縫うように、すり抜け、階段を登った先の光を目指した。
 人、車、窓、私の影。
 そこには何一つ特別な光景は広がっていない。だけど、下から見上げた時の光は、特別な何かが広がっているという予感を震わせた。

 歩いてすぐの国道。横断歩道を大股で歩く。黒のアスファルトの白く塗られた道はなんだか特別に見えて、胸を高鳴らせ

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コール・マイネーム

コール・マイネーム

左右
燃える炎の動きに合わせて
カラダも熱の中にいて
ナマエを探す
躍起になって

薄暗い緑色の床
仕切られたカーテンの向こうに
なにも期待していないのだけど
ただ
なまえが呼ばれるのをまってる

名前
なまえ
わたしのなまえ
ある筈の名前

ない
そう知った時
私は何食わぬ顔で
そうですかという

ある
と言われても
わたしは何食わぬ顔で
ウナズク

高鳴る鼓動と
スキップのリズムと

名前を呼

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蝕む

蝕む

 楕円形の白いかがやきでは真っ暗な地上を照らすには少し心もとなくて、オレンジ色の光が何本も必要だった。

 スマホの光が布の隙間から這い出て、同時に太もも小さく揺らした。思いがけない通知。画面に映る、その名前に興奮を覚え、思わず声を出してしまった。
 もうすでに横たわっていた体を起こして、外に出る。さっきまで目を擦っていたとは思えないほどに体は元気だった。
 近くのコンビニが、3日後に改装のために

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遮光

遮光

 部屋の中だけで漂う冷気で薄手のレースカーテンが前後ろと波を打っている。私は部屋の電気をつけるのが嫌いでいる。

 隣のコンビニの灯はやけにうるさくて苦しい。ほら、今日は拗ねて雲の中に潜ってしまった。
 もう大丈夫だよと言ってあげたい。コンビニが閉業してしまったから。いつでも出ておいで。
 お願いだから、どうか顔を見せてほしい。私もそっちへと行きたい。吸い寄せられて幽霊になってしまいたい。
  

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瞬間

瞬間

風にとんだ君の帽子が
春をつかまえた

性懲りもなく叫ぶ子供の声が
夏を止めた

赤子の産声と共に
秋がやってきて

白い雲の流れが
冬を告げた

わたしは、こころから生きたいと願っていた。

瞬間

みつけてあげるね

みつけてあげるね

畳の縁が月の光に照らされて
カーテンの隙間に気がついた

その縁をひょいと飛び越へて
月の冷たさに足の裏からタッチした

煙が月に吸い込まれる
指先がだんだんと熱くなる
ひとつ嗚咽をして
涙を溢した

切れたギターの弦がそのままに
ぱらぱらと纏まりなく響いた

ベランダにいると
微かに聴こえる唄声に

私は小さく声を出した

「いつかみつけてあげるね」

星や月を怒らせてはいけないよ

星や月を怒らせてはいけないよ

 小さな窓から入る光は薄い黄緑色に輝いていて、その光の源はやがて西へと姿を消した。
 やがてコンビニの光や、街灯が私の部屋を照らし出す。空の色を忘れてしまったかのように皆の声がする。
 霞む明かりが、雲間からこちらを覗いてはその眩い光に嫉妬して、いつの間にか顔も見せなくなってしまった。
 途端に雨が降り出した。先ほどまでの声々が悲鳴に変わり、大粒の雫たちがアスファルトを打つ音が耳の中に響いていた。

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季節の隙間

季節の隙間

  柔らかなレースのカーテンから見える季節の隙間。私は片目だけを見開いて、そこに顔を押し付けた。頼りない風がふっと吹き付けて頬に触れた。モヤのような煙の束に包まれて、入ってきた光は丸くて、優しい微笑みを浮かべていた。
 ほんの数週間前までは角張った光が、頬にあたって痛いくらいだったのに。光があたった部分が熱を帯びていた。その光は鬱陶しいほどに大きな背中をしていた。それは掴めそうなくらい近くにいた。

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雪が降らない街

雪が降らない街

 街の流れが冷たく頬に触れる季節。私はいつも通り職場のデスクに向かっていた。
「昨日あったことは全てが嘘だった」
 スリーコールの電話の音、キーボードを叩く音、革靴が底を叩く音、全てがそう言い聞かせるようにこちらを見つめていた。パソコンに映る文字が段々と滲む。嘘であってほしいと同時に嘘になんてされたくなかった。

 私は思わず席を立ち、会社を飛び出していた。見つめられていたはずが誰にも気づかれない

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私、わかるんです。

私、わかるんです。

 毎日ログインしなきゃいけないゲームってありますよね。あれ、私嫌いなんです。だって一日でもログインし忘れると、
「〇〇があなたを待っています」って言われるんですよ。

 私、わかるんです。実は誰も、何も私の事を待ってないって。
 
 その誘い文句を見る度に今でも会社に行けなくなったことを思い出すんです。
 普段はすれ違っても会釈すらしない様な人ばっかりなのに、「みんな〇〇さんが戻ってくるの待ってる

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