クレームする人、される人 もりたからす
フリーランスで仕事をしていて、クレームを受ける機会はこれまでにほとんどなかった。
私の業種が、不特定多数と接するものでない点がまず大きい。クレームを直接は受けにくい立場での業務が多い、という構造上の問題もある。
しかし最大の要因は「相手方の偉い人、クレーム入れてる暇があったら契約解除を選びがち」だろう。
契約解除はある日突然やってくる。いきなり別れ話を切り出してくる恋人のように。不満があるなら言ってくれれば改善したのに、いきなり全てがそこで終わってしまう。向こうはその時点でキープしてる相手とか普通にいるからもう気持ち切り替えてるし、こちらが泣いて追いすがってもどうしようもない。
天は落ち、地は裂け、契約は終了し、月収は激減する。黙示録に記された世界の終わり。
そんな訳で、ちょいちょい契約を切られがちというデメリットを背負い、私は今日もノンクレームで業務に勤しむ。
一方で、日常生活においてこちらからクレームを入れた経験というのもごく少ない。
私は本当は知ってる人ともあまり関わらず生きていきたいと思っているので、知らない人とは輪をかけて関わりたくない。クレーム対象になるような相手ならばなおさらである。
日々の中では時として信じられないような事態に遭遇することもある。例えば、
・トンカツ屋の店員2名がカラフルな豚のぬいぐるみを投げ合うのに夢中で全然注文を聞きにきてくれない。
・多数の客が静かに本を選んでいる書店で、店員同士が通路を塞ぎ、昨日観たテレビ番組の話でめちゃくちゃ盛り上がっている。
・二人で行った飲食店で「ラーメン2つ」と頼んだのになぜか私の分だけ寿司が出てきた挙句、「本当に寿司って注文してませんか?」と疑惑を持たれる。
・会員カードの作成を断ったら「え?絶対お得なのになぜですか?」と詰問され、再び断ると「いやいや、さすがにそれはないでしょ」となぜかタメ口で呆れられる。
しかし私はいずれの場合においても、クレームを入れずにやり過ごしてきた。宙を舞う豚のぬいぐるみを飽きるまで眺め、書店員に頭を下げて通路を空けてもらい、寿司を食い、会員カードだけは何とか回避して会計を済ませた。
これまでにどうしようもなくなってクレームを入れた経験は1回だけある。
それは市立図書館でのことだ。「敷地内は禁煙です」と書かれた敷地内設置の看板に寄りかかって喫煙をしている職員がいて、さすがに然るべき手段でクレームを入れた。
この職員は静かな館内においても常に元気いっぱい挨拶や世間話をして笑い声を響かせるタイプの人で、常々私とは「図書館観」が合わないとは思っていたが、さすがに利用者が通るエリアで堂々と喫煙をされると困ってしまう。
正確に言うと、彼は看板に寄りかかった上で「敷地内は禁煙です」の文面を眺めながらタバコを吸っていた。「そうやって吸うのが一番うまいんだ」と言われれば、ちょっとそんな気もするスリリングでアウトローな喫煙である。本当にやめてほしい。
クレームを入れるのは結構疲れる。ある種の手続きを踏まねばならないし、その間、負の感情を抱き続けるのもしんどい。こちらとしてはなるべくクレームを入れずに過ごしたいので、せめてそちらで明文化した規定くらいは誰もが守る社会を実現してくれ。