◆生々流転 〜山菜賛歌〜
山菜か何か知らんけど。
そんなもんを採るためだけにヒグマの出る山に入る人の気が知れないね!
そう思った時代がわたしにもありました。
全面的に、訂正したい。
山菜はウマイ。
そうと知ったのは、結婚して和牛農家に嫁いだ数年前からだ。
今は離農して人の土地になってしまったが、夫の実家の敷地は山菜の宝庫だった。
始めは、義母に「アサちゃん、山菜採りに行こう」と言われたのが厭で厭で堪らなかった。
だって絶対わたしの天敵であるところの何らかのニョロニョロした虫がいるに決まっているし。
そもそもにして、山菜なんて全然美味しいと思ったことがなかった。
牛舎の仕事だけでも疲れてヘトヘトなのに、その上更にあるかも解らない山菜を求めて山の斜面を登ったり降ったりするなんて。
でも、何が1番厭って、嫁いできたばかりの身で義母のお誘いを断るなんて、間違ってもできないってこと。
じ、実は初めてなんですぅ〜、とか何とか言いながら、わたしは渋々、厭々、仕方なくお義母さんのあとについて山菜採りに向かったのでありました。
初めてのわらび採りは、衝撃だった。
腰ほどの高さのフキやよくわからない草がもさもさ生えている斜面で腰を屈めると、ぴょこん、と不自然なほどに真っ直ぐな、初めて見る植物がいたるところに生えている。
それがワラビだよ、と教えられてからは、食べるという主目的も忘れて採ることに夢中になってしまった。
だって、それは気持ちいいほど簡単に、ポキンと柔らかく折れる。
そんなにたくさんの植物には触れて来なかったけれど、あれは初めての感触で、まるでゲームのように楽しかったのだ。
束にして、直径20センチほどもあろうかという大量のワラビを、ネットの情報を頼りに処理した。
自分の性格的に気になって仕方ないので、太さや長さごとに組分けしてゴムで束ね、切り口に重曹をまぶして沸騰寸前のお湯に入れる。
そのまま、火を止めて朝まで放置。
最初は恐る恐るだったが、めんつゆに漬け込んで一晩置いたワラビは、劇的な美味しさなのでありました。
ポリッ、という愉快な食感の茎(?)を噛むと、ぬるん、とオクラに似た粘りが口中を潤す。
めんつゆの旨味を存分に含んだそれは噛むほどにシャキシャキと歯ざわりも楽しく、普通の漬物とはまた一風変わった味わいだ。
柔らかくなってしまった細めのワラビは、他の具材とサッと炊いて、混ぜご飯の具にする。
ワラビの粘り気を帯びてもっちりとした食感になったご飯は、もち米で炊いたおこわに似た上級者の味わいだ。
採って楽しい。
食べて美味しい。
山菜採りが大好きだった実のおかん、おとん、今までバカにしててごめーん!!
そんなわけで、そこからは好きな山菜が地味に増えた。
タラの芽。
山菜の王様と呼ばれるこいつは、トゲトゲの木の上にニョキリと顔を出した芽を、小さいうちにポキリと捥いで食す。
写真はかなり大きくなった方で、育ちすぎるとトゲトゲがうるさくて食べるにはあまり適さない。
少し芽吹いてきたこいつに、氷水でキンキンに冷やした薄めの天ぷら粉を纏わせてカラリと揚げたあっつあつのやつを、ハフッ、ホフッと頂く至福と来たら!
サクっと衣を噛めば、ほくっ、とおくちいっぱいに広がるほろ苦い山の香り。
あぁ、春が来たんだなあ…と、美味しさと同時に幸せと感謝を噛み締める瞬間の、何と贅沢なことか。
これぞまさに『田舎に生まれて良かったー!』と思う瞬間なのである。
そして、ウド。
『独活』と書いてウド。
独りで活きるもん、と書いてウド。
クールなこいつも大層好きになってしまった。
まず、採れたての根っこ付近は皮を剥いてスライスの後、サッと湯通しして酢味噌で頂く。
味噌の甘みとお酢の酸味がウド独特の香りを優しく包んで引き立ててくれる。
そして、柔らかい穂先や葉っぱは、タラの芽同様にあつあつの天ぷらにする。
さくり、さくさく、ほくっ、もきゅもきゅっと頂けば、こちらはタラの芽ほど暴力的ではないたおやかな山の芳香と風味がふんわりと鼻先に抜ける。
正直言ってウドの穂先の天ぷらは、個人的にはタラの芽より好きだ。
そして茎は、皮を少しだけ残して人参やたけのこと共にきんぴらにする。
しゃきしゃきと楽しい食感と、ほろ苦さと薫り高さが同居した独特の風味は、今時期しか楽しめない一瞬の恵みだ。ありがたや。
最後に極めつけは、山わさびね。
これを山菜と呼んでいいのか知らんけど。
キング・オブ・バイオレンス。
一騎当千の猛者。
狂乱の覇者。
何しろ当たりが良ければ、べらぼうに辛いやつが調理の段階から人間を横殴りにぶん殴ってくるのである。
我々道民は、こいつと闘うにあたって様々な対策を講じてきた。
ある者は両鼻にティッシュを詰め…ある者は競走馬騎乗用のゴーグルをつけ…ある者は水中メガネをかけ…
しかし今のところ目立った成果は報告されていない。
我々道民はこいつと、進撃の巨人よろしく終わらない闘いを永きに渡り続けてきたのである。
つまり、こいつにはそれだけの覚悟を持って擦り下ろす価値があるということ。
本わさびを凛と佇むクールな貴族とするならば、こいつはさしずめ荒くれ鎌倉武士。しかも滅法強いやつ。
だから、パンチのある食材にも決して負けない。
もちろん本わさびと同じようにイカ刺しや豆腐なんかに乗せても美味いのだが、納豆などの香りの強い食材と混ぜても一歩も引けを取らない。
しかし何と言っても最強は、肉との組み合わせであろう。
殊に和牛との相性は最強レベルではないかと思っている。
おくちに入れたらとろける上品な至高の脂を、ビッシー!!と引き締める力強い山わさびのエッジが効いた辛み…
あぁ、ダメだ。書いてるだけで涎が出てくる。
あと、山わさびの猛烈オススメの食べ方はこちら。
これはお義母さんから教えて頂いた、最も美味しく山わさびそのものを頂くレシピ。
すり下ろした山わさびに適当な量の白だし&なるべく良質なお醤油をほんの少し。
そこにトビっ子をどさっとぶちこみ、仕上げにかつお節を入れて混ぜ混ぜしたやつ。
嘘じゃない。ご飯が飲み物レベルで亜空間に消える。
びしっと蓋のできる瓶に入れれば4〜5日は少しずつ薄まっていく辛みを惜しみつつ心ゆくまで山わさびを堪能できる。
ぜひやってみてください。
この時期の北海道、いたるところにある道の駅では、だいたいずらりと山菜が並ぶ。
今ご紹介したわらび、タラの芽、ウドを始めとして、キトビロ(ギョウジャニンニク)、セリ、葉わさび、スドキ、フキ…とにかく北海道は、山菜の宝庫だ。
ただひとつ忘れちゃならんのは、これらを恵んで頂くために山に足を踏み入れるということは、かなりの高確率であいつのテリトリーに踏み入る可能性があるということ。
子どもの頃、我が家は狩猟と渓流釣りが趣味の父親のお陰で、半ば強制的にアウトドア一家となった。
雪が解けて暖かくなると、父とその仲間たちは釣り竿片手に良き渓流を求めて山へ入る。
そのついでに、女子供はバーベキューの道具を一式携えて行った。
父たちが朝マズメの釣りを終えて戻って来るまで、母たちはよく山菜を摘みながら待っていたものだ。
そんな具合だから、子どもだったわたしも何度か熊を目撃した。
藪の中で見たと母の友だちが転がるように逃げてきて、何もせずにみんなで場所移動する羽目になったこともある。
全てを終えて帰る道すがら、突然右手側の斜面から子熊が転がるように降りてきて、数十メートルほど車の前をてちてち走っていたかと思うと、左側の斜面を駆け下りて行ったのを見て、慌てた父が車を降りて『熊が出たどー!!!』と釣り人たちに叫び散らかしたこともある。
どこから湧いたものか、斜面の下から顔面蒼白の釣り人たちがわらわらと上がってくる風景は、羆の恐ろしさを体現しているようで、子ども心に怖かったものだ。
大木に親子で登っている羆を遠目に見たこともある。
毎年ニュースで流れてくる山菜採りの方が羆に出くわしてしまった際の事件を耳にするにつけ、これらの記憶を思い出して身震いするのだ。
道民はみな、少なからずこのリスクを冒して山に分け入る。
採集の楽しさはあるが、山に不慣れな方はどうかくれぐれもお気をつけて、もし不安が勝る時は、ぜひ道の駅で誰かが摘んできた山の恵みを手に入れてください。
これを書いている今、ちょうどお義母さんからLINEが来た。
お花とバク。
これは昨日のうちにプレゼントしたカーネーションとわたしがデザインした生地で作ってもらったバッグのことを言っているのであろう。
ワラビーとウド。
この時期のお義母さんからのLINEでは、この小型のカンガルーがよく現れる。
お義母さんのワラビーの炊いたんは大変美味しいので、あとで電話して何か手土産を持って頂きに行こう。実は今日も休みなのだ。
最初は厭々だったお義母さんとの山菜採りも、今ではすっかり楽しいコミュニケーションのひとつとなった。
初々しい嫁だったわたしもすっかりふてぶてしくなり、おかーさーん!ワラビー食べたーい!と笑いながら言えるようになった。
これからもずっとお義母さんと山菜を楽しめるよう、今日は腰でも揉んであげようかな!
それでは、このたびはこの辺で!