
【アートノトお悩みお助け辞典】頁13.ストレスと上手に付き合っていくために
春は、新しい環境での活動や新生活の始まり、プロジェクトの始動なども増える時期です。一方で、環境や心境の変化によりストレスがより生じやすい時期でもあります。アートノトでは、ストレスへの過剰反応を減らすための手法等を解説する「ハラスメント防止講座 2024【ストレス・マネジメント編】」をアーカイブ動画として公開しています。
今回のお悩みお助け辞典では、同講座の講師を務めていただいた徳政憲和(とくまさ・のりかず)先生に、アーティストや芸術文化の担い手の方々が抱える特有なストレスや現状を踏まえたうえで、ストレスとの上手な付き合い方や適切な対処法についてご執筆いただきました。芸術文化活動を持続的に行っていくために、セルフケアの知識としてどうぞお役立てください!
アートノト公式ウェブサイト
アーティストや芸術文化の担い手の方には、さまざまな形のストレスが襲っています。本稿では、アートに関わる皆様がストレスを理解し、それへの対処を身につけるコツについてご紹介していきたいと思います。
アート業界におけるストレス
最初に、アートに関わる方にとってよく見られるストレスについて整理していきたいと思います。まず、創作におけるプレッシャーがあります。創作では、常に新たな発想や表現方法を模索しなければならないため、そのプレッシャーが常にのしかかります。また、多くのアーティストは、自身の作品に対して厳しい自己評価を下し、「もっと良いものを作らなければ」と悩まされがちです。こうした内面的なプレッシャーは、自己肯定感の低下や創作意欲の減退につながることがあります。

次に、不安定な契約形態や将来への不安があります。フリーランスや契約ベースで活動している方が多いアート業界の場合、契約の不明瞭さや収入の不安定さは避けられない現実です。さらに、展覧会の開催や作品の販売が思うように進まない時期、経済的な不安がストレスの大きな要因となります。また、長期的なキャリアパスが明確でないため、将来に対する不透明感や孤独感を感じることも少なくありません。
加えて、外部からの評価と競争、ハラスメントも大きなストレスの要因となります。作品の評価は主観的な要素が多く、審査員や観客、ギャラリー関係者など、多様な視点からの評価を受けるため、時には批判や拒絶にさらされることもあります。こうした経験は、自己疑念を助長し、ストレスを生む原因となることがあります。また、同じ分野で活躍する仲間との比較や競争も、心理的負担となり得ます。加えて、主観的な要素の多さは、さまざまなハラスメントの原因ともなり、大きな問題と認識されています。
このように、アートの担い手の方にとってストレスにどう対処していくかは重要になります。そのことを考えるために、まずはそもそもストレスとはなにか?について考えていきましょう。
ストレスとはなにか?
ストレスというのはよく使われる言葉ですが、そもそもストレスとはどういうものなのでしょうか。ここで大切なのは、ストレスを「きっかけ→反応→結果」という一連のプロセスとして考えることです。

これだけだとよくわからないと思うので、例を使って説明しましょう。舞台稽古に励んでいる俳優の方が、ある稽古中に演出家から、強い言葉でたくさんの「ダメ出し」を受けてしまいます。これが「きっかけ」です。そして、この大量のダメ出しに対して、「自分はなんてダメなんだ。役を外されてしまうかもしれない」とネガティブに考えてしまいます。これが「反応」です。さらに、その結果として、夜寝るときにもこの不安感が継続して、眠れなくなってしまいました。これが「結果」です。

この例が示すように、ストレスというのは突然降って湧いてくるものではなく、かならず何かしらのきっかけがあり、それに対する反応があり、その反応による結果を伴います。この一連の流れを理解しておくことで、ストレスに対処するうえで、何が原因でどんな対処が効果的になりそうかを考える助けとなってくれます。
ストレスで起こる4つの反応
次に大切なのは一連のプロセスにおける「反応のパターン」を詳しく見ていくことです。
これも例を使いながら説明したいと思います。脚本家の方が、明日が締め切りの脚本が前日にも関わらずまだ終わっていないという状況を考えてみましょう。これに対して、反応として4つの要素が考えられます。
1つ目の要素は「認知」です。これは考え方とか捉え方といった意味と考えてください。この例だと、締め切りに間に合わなそうな状況で「もうおしまいだ…」と考えてしまいます。2つ目は「感情」です。この例では、恐怖や不安、焦りといった感情が湧き上がってきています。3つ目は「行動」です。この例では、脚本に手を付けなければならないのに、逆にYouTubeを見続けてしまうという「行動」を行ってしまっています。最後の4つ目は「身体反応」です。この例では、追い詰められた状況で「心臓がドキドキする」という形で体に反応が出てきています。

このように、特定のきっかけ(出来事)に対して、4つの要素でいろいろな反応が出てくることがわかると思います。ここでの反応はひとつではないということです。例で見てきたように、認知、感情、行動、身体反応とそれぞれでさまざまな反応が出ていましたよね。まず、自分がどの要素で、どんな反応が出ているかについて着目しましょう。
そして、次に重要なのは、この4つの反応が「相互につながっている」ということです。この例では、締め切りに間に合わない、という状況で、もうおしまいだと考え、それが不安につながり、作業に取り組まないといけないのにYouTubeを見てしまっています。さらに、心臓がドキドキしはじめていることで、緊張感は高まり、さらに「もうおしまいだ」という考えは強まっていきます。多くの心理学研究は、こうした「負のループ」こそが気分の悪化(抑うつ感、不安など)を生んでしまうことを明らかにしています。つまり、ストレス対処で重要なのは、こうした「負のループ」にはまり込んでしまう状態からいかに抜け出せるか、この循環をいかに「断ち切れるか」が鍵になります。ということで、次にその「抜け出し方」の方法について見ていきたいと思います。
ストレスにどう対処していくか?
では、具体的にストレスにうまく対処するための方法について、具体例や実践例を交えながら見ていきましょう。
1.ストレスの原因とその特徴を知る
アートに関わる人々が感じるストレスは、単なる仕事の多忙さだけでなく、表現の過程で起こる自己批判や創作の停滞、評価に対する不安などが複雑に絡み合っています。上記したストレスで起こる反応の考え方も参考にしながら、まずは、自分自身がどのような状況や思考パターンでストレスを感じやすいのかを客観的に把握することが大切です。
【具体例】
・創作中に「もっと斬新な表現が必要だ」という考えにとらわる
・作品発表前に過度な不安や緊張を感じる
・他者との比較から自信を失い、創作意欲が低下する
このように、自分のストレスの表れ方を明確にすることで、対策の方向性が見えてきます。
2.日常生活のリズムを整える
規則正しい生活習慣は、心身の安定に欠かせません。アートに関連する創造的な作業においても、一定の生活リズムがあることで、むしろ創造力が安定して発揮されることが複数の研究でも示されています。
【対処法】
・毎日の起床・就寝時間を固定し、十分な睡眠を確保する
・バランスの取れた食事を心がけ、栄養面にも配慮する
・定期的な休憩時間を設け、無理のないスケジュールを立てる
【実践例】
朝の10分間、軽いストレッチや深呼吸を取り入れ、身体を目覚めさせる。昼食後には短い散歩や、室内でリラックスできる音楽を聴く時間を設ける。こうした習慣は、創作中の集中力を高めるとともに、ストレスの蓄積を防ぐ効果があります。
3.マインドフルネスと瞑想の実践
近年、マインドフルネス瞑想はストレス軽減の有効な手段として注目されています。自分の感情や思考、身体感覚に意識を向け、今この瞬間をありのままに受け入れることで、過度な心配や不安を和らげる効果が期待できます。
【対処法】
・毎日5~10分、静かな場所で呼吸に集中する瞑想を行う
・雑念が湧いたら、やさしく呼吸や身体感覚に意識を戻す
・瞑想アプリやガイド付き音声を活用して、初心者でも取り組みやすい環境を整える
【実践例】
朝の目覚め後や、創作活動の合間に短い瞑想の時間を設ける。心がざわついたと感じたとき、数分間のマインドフルネスを実践することで、気持ちが落ち着き、創造性を再び高める手助けとなります。
4.身体を動かす習慣の導入
長時間の作業や創作活動は、身体に負担をかけるだけでなく、精神的な疲労も引き起こします。定期的な運動は、ストレスホルモンの低下や血行促進に効果があり、全体的な健康維持に役立ちます。
【対処法】
・毎日20~30分程度、軽い有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、ヨガなど)を取り入れる
・身体の柔軟性を高めるストレッチや、リラクゼーション体操を実践する
・創作の合間に、身体をほぐす休憩時間を意識的に確保する
【実践例】
スタジオや自宅の作業スペースで、1時間ごとに立ち上がり、軽いストレッチを行う。また、週末には自然の中での散策や、友人とのスポーツを楽しむことで、リフレッシュの機会を増やす。
5.創作活動自体をストレス解消に活かす
アートに関わる方々は、創作が自己表現であり、同時に心の解放でもあります。通常の制作活動に、リラックスや遊び心を取り入れることで、過度なプレッシャーから解放される場合があります。
【対処法】
・テーマや技法をあえて制限しない自由な創作時間を設ける
・「遊びの時間」として、形式にとらわれない実験的なアート制作に挑戦する
・完成度よりも過程やプロセスを楽しむ姿勢を大切にする
【実践例】
普段の作品制作とは別に、テーマを設けず、自由な発想で創作を楽しむ時間をスケジュールに組み込む。これにより、創作の本来の楽しさを再確認し、精神的なリフレッシュが図れます。
6.仲間との交流とサポート体制の活用
孤独感や自己評価の低下は、ストレスをさらに悪化させる要因です。同じ志を持つ仲間や、理解ある友人、専門のカウンセラーとの対話は、心の負担を軽減し、新たな視点をもたらしてくれます。
【対処法】
・定期的なアートワークショップやミートアップに参加し、情報交換や意見交換を行う
・SNSやオンラインフォーラムで、同じ境遇の仲間とコミュニケーションを取る
・必要に応じて、専門家のカウンセリングやメンタルヘルスサポートを受ける
【実践例】
月に一度、地域のアートコミュニティが主催する交流イベントに参加し、自身の制作過程や悩みを共有する。また、オンラインのグループディスカッションを通じて、日常的にサポートを得られるネットワークを構築する。
7.時間管理と優先順位の見直し
創作活動に没頭するあまり、スケジュールが過密になってしまうこともストレスの原因となります。タスクやプロジェクトの優先順位を整理し、計画的に進めることが、心の余裕を生み出します。
【対処法】
・日々のToDoリストを作成し、重要度・緊急度に応じてタスクを整理する
・自分にとって本当に大切な創作や活動を見極め、不要なタスクは断る勇気を持つ
・柔軟性を持ったスケジュール設定を行い、急な変更や休息の時間も確保する
【実践例】
毎朝、1日の計画を立て、最も創造性が発揮できる時間帯に重点的な作業を行う。また、定期的にスケジュールを見直し、過度な負担となっているタスクを整理することで、心に余裕を持たせる。
アートに携わるということは、時として大きなストレスや不安を生んでしまうことがあります。しかし、今回ご紹介した具体的な対処法―規則正しい生活習慣、マインドフルネス瞑想、適度な運動、創作を楽しむ姿勢、仲間との交流、そして計画的な時間管理―などを、日々の生活に取り入れていくことで、ストレスが悪化してしまう前に対処することが可能になります。ぜひご自身で取り組みやすそうと感じるものから試していただければ嬉しく思います。
(徳政憲和)
執筆者プロフィール

徳政憲和[マイコーピング株式会社 代表取締役社長]
2020年マイコーピング株式会社を創業。「悩み苦しむ人が、その対処法を身につけ、自ら歩み出すことを助ける」をビジョンに、認知行動療法にもとづくオンラインカウンセリングサービスを展開。法人向けの従業員メンタルヘルス支援サービスも実績多数。マイコーピング創業以前は、コニカミノルタにて新規事業の海外営業・マーケティング。IBMビジネスコンサルティングサービスでのCRMコンサルタントを経て、日本IBMにてグローバル・ビジネス・サービス(GBS)事業のリソース管理部長、上海のオフショア拠点での駐在も経験。アドビにてエクスペリエンス・クラウド事業の経営企画本部長。