【創作】手品部の部室で【スナップショット】
君が考えていたカードは？
ハートの6
はい、そのカードは
ここにある
本当だね
よし、この方法は上手くいったな
面白いね
面白くなさそうな顔で言われてもね
ちゃんと仕掛けがあるんでしょ
勿論、手品だからね
私は仕掛けがあるってわかると
興醒めしてしまうんだろうな
そうだね
別に驚かない
そういう人は多いよ
そういう風に目の前の面白さに
冷めている人ほど
予想しないタイミングで
演出された自分のための奇跡を
目の当たりにすると
非常識なことでも
ころっと信じ込む
魔法の壺とか買わされないように
気を付けてね
そうね、多分
私は本当の魔法を
求めているんだと思う
何かを変える本当の魔法
全てをやり直して変えるもの
君の歳でやり直しなんて珍しい
変えたいものは？
私の両親
父が浮気して母と離婚したんだけど
今でも母は未練があるように見える
まあ、男女の間には色々あるんだろう
でも父は恋人を何人も変えて
母とよりを戻すつもりはない
どうにかしてこの状況を変えたい
魔法が存在しないなら
そんな手品はないの？
手品は催眠術ではない
でも
ちゃんと仕掛けがあって
目の前の人に夢を見せてくれんでしょう
ほんの少しの間の夢を見せて
騙すんでしょう
そうだよ
手品は人の錯覚や
思い込みを利用して
最後に人に驚きや楽しさを与える
そのためにどんな最後を迎えたいか
逆算して組み立てる
僕の場合はそうだ
だから、どんな結末を望むかによって
全てが決まる
それで、君は
どんなフィナーレを迎えたい？
君が本当に望むものはなんだ？
分からない
何を望んでいるのか
何に不満なのか分からない
まあそうだろうね
それなら、現状への不満じゃなくて
自分が本当に望むものを
見つけてからでいいんじゃないかな
僕はこの世はすべて
手品仕掛けだと思っている
エンタメや芸術は
ひとときの楽しい夢を見させる仕掛けだし
医学だって
苦痛をできる限り取り除いて
健康な生活という
幻想を見させるものじゃないか
あるいは法律は言葉によって
人の表面上の動きをあやつって
効果を創り出す
君が法学部志望なのはそのせい？
もしかしたらそうかもしれない
僕が教わっている手品教室で
大きな会社の役員をやりながら
手品をしている先輩がいるよ
やっていると仕事の進め方の
アイデアが出るんだってさ
手品が仕掛けのある
子供騙しだっていう言葉は
人間誰だって死ぬんだっていう言葉と
同じさ
そうだよ、その通り
それがどうした？
人間が魔法を使えない
死んでいく存在なんだから
当り前じゃないか
ごめんね、非難したわけじゃないんだよ
ああ、わかっている
怒っていないよ
よく言われる言葉だからね
表面上の驚きや効果をつくることは
悪いことじゃないってことさ
それは感動に繋がる
それが生きることなんだと
まあ、君の場合は
本当の望みを考えればいい
自ずとそこに至る方法も決まってくるよ
多分、分かった気がする
私はお父さんとお母さんが好きだった
二人と一緒にいることが幸せだった
私は幸せになりたかった
過去形にする必要はないさ
それが取り戻せないことも
分かっている
それの仕掛けの方法が
手品のやり方が分からなかった
だから苦しいんだと思う
でも、きっと別の方法がある
君がこうやって部室で一人で
何度も色々な方法を
試してみたみたいに
いいね
そう、煮詰まったら方法を
変えてみることは大切だ
よかった、君がそういう風に
考えられるようになって
それで別の方法は？
そうね
たとえばそんなことを忘れて
今度の土曜日に君と一緒に出掛ける
映画に行ったりお店をのぞいたり
君が考えるプランがあってもいいな
だって人を驚かせて感動させる
手品を使えるんだから
どう？
大変興味深い方法だね
ところで
仕掛けのある手品は
嫌いじゃなかったのかい？
多分、試してみたくなったの
君が優れた手品師かどうか、ね
（終）
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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