【創作】夜の橋で【スナップショット】
ここにいたのか
よく分かったね
前、この場所を気に入っていた
ように見えたから
さすがだね
あの紙は読んだ?
読んだ
本当に離婚したいのか
ええ
もうとめないでね
もうどう言ったらいいか
分からない
僕らはどうしたら
良かったんだろう
あなたに落ち度はないよ
全部私の問題だから
そうやって
自分の殻に閉じこもるのは
やめてほしい
そうした態度に
もうほとほと疲れている
だから別れれば
そんな思いはしなくなるよ
っていう言葉が一番
あなたを苛立たせるんだよね
でも、そう言うしかない
だって、私は最初から
結婚するつもりはないって
ずっと言って来たから
分かっている
そこを僕が押し切って
君は迷惑に思っていたんだろう
迷惑じゃないよ
楽しいこともいっぱいあったし
あなたはとてもいい人だった
浮気もしないし
暴力も振るわなかったし
いつも一生懸命
私を喜ばせようとしてくれた
時には私は楽しかった
あなた以上に私を
時折幸せにできる人は
いなかったと思う
ならどうして?
最初から愛していなかったから
知っていたでしょう
知っていた
でも
でも、それも変わると
思っていたんだよね
あなたは結婚する時に言った
僕に賭けてみないかって
君を幸せにするから
その可能性に賭けてみないかって
それで、私も賭けてみようと思った
そして、賭けに負けた
だからその後始末をしている
そうか
やっぱりあなたは
どこまでも優しいね
こんな時、こう言う人もきっといる
世間にはお前みたいな思いを
抱えている人は
沢山いるんだ
でも、皆辛い気持ちを隠しながら
生きているんだ、って
言ってもどうにもならないんだろう
うん
多分多くの人には
生きることに何の意味がないと気付いても
それを繋ぎ留める何かがある
でも私はとうとう見つけられなかった
私は昔から言われていた
彼氏が出来たら変わるよって、
何か趣味が出来たら夢中になれるよって、
子供を生んだら命の尊さに気づくよって、
今は想像できない楽しさがあるから
30までは生きようよって、
よちよち歩く子供の姿を見たら
死ねなくなるよって、
子供が大きくなって
自立するようになったら
肩の荷が降りるようになるよって、
一緒にいて夫婦を続けたら
僕たちはきっと変われるよって
それで私は全部試してみた
でも、とうとう何も感じなかった
そうなんだね
うん
誤解しないでね、
そういうことを愛する人を
否定するつもりは全くない
でも、結局みんな
自分の経験談から話すだけで
それに当てはまらない場合は
どうしたらいいか
教えてくれる人はいなかった
ねえ、人生に希望があるとして
その希望を感じられないなら
一体どうやって生きればいい?
生きる意味を見つけられない時に
どうしたらいい?
生きていればいいことがあるよって
そう言われ続けて、
とうとうそう思わなかったら、
どう生きればいい?
そして、それには誰も答えられない
多分多くの人は答えられない
ただローンや金銭、家族への愛情みたいに
人生から滑り落ちないよう
縛り付けているものがあるだけ
でも、今の君にはそれもない
そう気づいた
うん
気づいたというか
うすうす分かっていたけど
それ以外の可能性が消えただけ
多分私も
心のどこかで
私にもいつの日か心から
誰かを愛して
楽しく過ごせる日が来ると
信じたい気持ちがあったのかもしれない
でも、私には心が欠けているから
それができないことは
本当は分かっていた
それで、あの子にこの前何気なく
お父さんと離婚しようかと思っているって
言った
そうしたら、あの子は
全く気にするそぶりもせずに
いいんじゃない、って言った
私はお父さんについていくけど
それでお母さんがいいなら
いいよって
あの子にはきつく叱っておいたよ
どうして?
あの子は良く私を知っている
私が生きる気力がないことを
見抜いている
誰よりも長く一緒にいたからね
あの子に、
分かっていると思うけど
お母さんと一緒にいない方が
お父さんは幸せになれると思うよ
と言われたよ
ええ、私もずっとそう思っていた
あの子は僕たちを繋ぎ留めてくれると
思ったけど
そうではなかったね
ええ
私にはもう実の両親もいないし
繋ぎ留めるものはない
何だか私たちは変な話をしているね
世間ではもっと他に離婚する理由が
あるはずなのにね
本当に
もう君を止めることはできないんだな
でも、これだけは言わせてほしい
君を本当に心から愛していたんだ
不幸な君への同情からではなく
君と一緒にいたら
僕たちは幸せになれると
信じていた
それはもしかしたら
何かを救いたいとか
誰かを救うことで
達成感を味わいたいっていう
思い上がりだったのかもしれないけど
でも、その時は本当に信じていたんだ
ええ、私もそれは疑ったことはないよ
結婚したことを後悔はしていない
私たちの人生を繋ぐものが
もうないだけ
あなたはいい人だから
望めば再婚も出来ると思う
これから君はどうする?
残りの短い時間は
自分のことだけにかまけるよ
ねえ、夜の橋って
昼とは全く違って
闇の中に浮かんでいるみたいでしょう
私はずっと闇の中で一人
細い一本の橋を渡ってきた
少しでも踏み外したらまっさかさまに
落ちていくと思っていた
今ようやくその恐怖から
解放されたの
分かった
君が安らかな気持ちであることを
いつまでも祈っている
ありがとう
私も、最後まで
あなたたちの幸福を
願っている
(終)
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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