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【創作】競技場で【スナップショット】


 
ああ
また点が入りましたよ
 
そうだね
 
本当にスポーツに興味がないんですね
あなたは会長なのですから
もう少し競技に
熱中してもいいのではないですか
 
私にそんな熱意はない
 
前から思っていたのですが
どうしてそこまでスポーツを
お嫌いなのですか
 
嫌ってはいない
私の中で夢中になれないだけだ
こんな話がある
昔々、あるところに王様がいた
ある日、家来たちが
騎馬競走大会に熱狂していたが
王だけは木陰で本を読んでいた
一人の家臣が
王様は競走をご覧にならないのですかと
尋ねたところ
こう答えた
私は一頭の馬が他の馬より
速く走ることぐらい知っている
なぜそんなものを見なければならない?
そして、王はそのまま本を読み続けた
私のスポーツ一般に対する見方は
この王と全く同じだ
 
それなら
どうして会長になられたのですか?
天下りのポジションが
空いていたからですか?
 
そう思われてもいいが
私の親友が託してくれたのでね
彼はスポーツ好きで、
その素晴らしさを私にこんこんと
いつも説明してくれた
病に倒れて早く亡くなってしまったが
彼が遺志を引き継いでくれるよう
私に頼み
私も理事たちと話をして
このスポーツ協会の会長に就いたわけだ
私はスポーツは好きではないが
その重要性は分かっているつもりだ
 
重要性?
 
つまり、これは
民衆のエネルギーのはけ口なのだ
自分の人生の憂鬱や
欲望が満たされないことへの不満
生活や理不尽さに対する怒り
こうしたものを人は大きなものに
ぶつけようとする
世の中が悪い
社会が悪い
神は理不尽だ、等々
その行き着く先は?
戦争だ
 
それは飛躍しすぎでは?
 
だが、戦争とは愚かな王や
独裁者一人だけで出来るものではない
彼らを支える民衆の力が必要だ
私は戦争が始まる前の国に滞在して
民衆の暴動を見たことがある
まるで民衆の怒りのエネルギーが
つむじ風のように集まって
全てを破壊するようだった
その時初めて
戦争とは民衆の中から生まれるのだと
実感できた
悪賢い権力者であれば
このエネルギーを自ら
身に着けたくなるだろうとも
私はそんな戦争を見てきた
もう見たくはない
 
なるほど
それは何かわかる気がします
 
スポーツとは
そんな民衆のエネルギーを
ルールと儀式に落とし込んで
国や地域ごとに対抗させて
自分の帰属意識を満たし
鬱憤を晴らさせるものだ
この競技場を埋め尽くす
何万もの民衆を見たまえ
政治が失敗したら
戦争と殺し合いに向かうかもしれない
そんな民衆のエネルギーが
こうやって肩を組んだ大声の合唱やら
叫びやらで少しずつ発散されるのだ
スポーツの大会中に
戦争を止めない国があることへの
批判があるが
寧ろ、スポーツの大会があることで
戦争が減っているのだよ
 
スポーツの試合とは
本当の戦争や殺し合いに
至らないようにするための
いわば真剣ではなく
竹刀で戦う練習試合みたいなものだと
 
そうだね
集団競技でも同じだ
人間は他人の命を奪うような行為の
代わりを見つけることで
知性を身に着けて来た
古代の王の墓に
人身御供となって
埋められた人々の代わりに
宝物や人型の陶器が
収められるようなものだ
スポーツを振興することは
そうした知性を
人々に浸透させていくことでもある
私は全く楽しめないがね
 
なるほど、でもそれは
 
ああ!
 
どうかされましたか
 
あの選手が見えるかね
あの子は、亡くなった親友の孫だ
あの子が生まれた日も
あの子が高校に入学する日も
私は見て来た
私には子供がいなかったから
本当の子供のように思っている
そんな子が、ああやって立派に走って
歓声を浴びていることは
何と素晴らしいことなんだろう
ん? どうしたのかね
 
いえ、あなたにも夢中になれる
ことがあるのだなと
勝負以外でも
十分にスポーツを
楽しまれていますよ
 
いや、その
恥ずかしいところを見せたな
忘れてくれ
 
いえ
寧ろあなたにそういう部分が
あることが分かって嬉しいんです
スポーツは結果だけでもないし
ストレスの発散だけでもない
私たち一人ひとりの人生に
携わるものです
何かを達成して
何かに挫折しながら
それでも生き続けていく
スポーツはその過程の全てです
だから人それぞれの楽しみ方がある
会長にはそこまで高所から見ずに
もっとご自身が好きな方法で
楽しみを見つけて欲しい
と願っています
上の人が心から愛していないという態度は
言わなくても必ず下に伝わりますし
一人の人間として
もっと楽しんで欲しいとも思っています
 
君の言う通りかもしれないな
すまなかった
努力するよ
ところで、この競技場の
まずい飯がまともになれば
もう少し楽しめるのだが
 
それこそ、会長が
上から改善の声を
掛けられるところですよ
 
なるほど









(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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