【創作】ケンタウロスの谷で【スナップショット】
私は眠っていたのか
起きたか
そなたはこの谷間に落ちて
気を失っていたのだ
ああ
あなたは
名高いケンタウロスか
人の上半身と馬の下半身を持ち
疾風のごとく野を駆ける種族
聞いたことがある
この国の谷間に隠れて
暮らしていると
いかにも
そなたは勇猛な騎士団長なのだろう
この国の騎士団を率いて
他国と戦っていると聞いている
早急に戻る必要があるだろう
私は疲れ切っている
愛馬もどこかに行ってしまった
戦などもうよいのだ
そなたがいなければ
騎士団はどうなる
何も変わらない
私の後釜になれる
有能な騎士は何人も思いつく
彼らが受けついで戦うだけだ
しかし騎士団長の力量は
士気や勝敗に関わるだろう
関わる
だが、一人の人間が動かせることは
あまりにも少ない
もし一つの団が勝利できるなら
それは騎士たちが
優れているということだ
だから平素の訓練が必要となる
それは既にできているから
私は関係ない
それに、私は団長としては
不適格だと思っている
なぜだ?
そなたは勇猛で知られている
そなたを国王にという声もあったほどだ
なぜなら
今日までの私を駆り立てていたのは
恐怖だからだ
このまま死にたくないという恐怖
攻め込まれた時に
ここで死にたくないという恐怖
そんな恐怖を忘れるために暴れ
人はそれを勇猛と呼び
そして私は幸運にも生き延びてきた
私は運のよい人間なことは確かだ
だが、人は常時戦場にいるのではない
多くの人間は
そなたと違って
恐怖の連続に耐えられない
そう
その必要もないのだ
最も強い騎士団とは
規律がとれた健康な騎士団であり
そこには毎日の鍛錬と継続を必要とする
それは、恐怖を忘れるために動くのとは
別の能力だ
恐怖に打ち勝つことは過大視されている
騎士団というもの
いや、人間にとっての力というものは
継続によるものであり
恐怖への反応ではないと
そう
多くの人は華々しい目の前の勝利や
敵の打破、恐怖の克服
革命に気をとられて
そうした一瞬の後も
人生が長く続くことを
忘れてしまう
今の女王陛下や
戦死した前の騎士団長は
そのことをよく分かっていた
今の最強の騎士団を創りあげたのは
彼の功績だ
しかし
良く物事を見通せる女王が
そなたを後継に指名したのは
そなたがそういう自分自身を
良く分かっているからではないか
それゆえにそなたは今までと変わり
今度は長として
継続的に騎士団を強くできると
ああ
なぜあなたは女王が私にかけた言葉を
知っているのか
言わずとも分かる
だが
私には出来ないのだ
私は小さい頃から
恐怖と戦うことで生き延びてきた
染み込んだ私自身の過去が
私に戦うよう
全てを破壊するよう
囁きかける
誰かが私を頼りにすることに
戸惑っている
私は自分を押し潰そうとする力に
抗することはできても
誰かと一緒に確かなものを
築くことができない
私は団長になどなりたくなかった
あなた方になりたかった
ケンタウロスに?
そう
馬から落ちるのを気にすることなく
誰よりも早く駆けて
草の息吹と風を感じられるように
私には妻子がなく
戦場を駆ける以外の人生を
とうとう得られなかった
だからせめてそこで
心地よさを味わいたい
それは
そなたのなかにも
変わりたいという欲望が
残っているということだろう
そなたが思う理想の姿は
実際の我々の姿と違う
だが、それでよい
何かに変わりたいという欲望が
人間を動かす
後ろ向きな欲望と
そなたは思っているかもしれないが
恐怖ではなく心地よさを得るために
そなたができることはまだあるだろう
私にもう一度戻れと言うのか
そうだ
己自身を見つめることが出来ればよい
自身が直すべきところを
分かっているなら
いつしか変わることはできる
半身半馬に変われなくても
そなたが夢見た
風と共に駆け抜ける感覚を
別の形で味わえるようになる
きっとそれは戦場以外の場所となろう
そのためにもう一度立ち上がるのだ
それがよいのかもしれない
おお、愛馬が向こうから来る
あの馬は軽々と谷に着地し
向こうの泉で水を飲み草を食んでいた
そなたが立ち上がるのを待っているのだ
人間は我らのように
速く駆けることはできないが
多くの他の存在と結びついて
力を得る
そなたもまた愛馬だけでなく
他の人間の力を
信用してもいい頃だろう
そなたに結びつく力
それは恐怖や死よりも強い
ああ、ありがとう
きっとそうする
そう努力する
私は生まれ変わりたい
大丈夫
生まれ変われる
見た目ではない
真に自由にあらゆる場所を
駆け抜ける存在に
それがそなたの真の望みなのだから
(終)
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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