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【創作】大臣の部屋で【スナップショット】


 
 
わざわざ宰相閣下に来ていただくとは
恐れ入ります
 
なに、城の階段を上り下りするのは
良い運動になります
さて本題に入りましょう
例の王令案のことです
だいぶあなたがお怒りだと
聞いたのでね
 
怒ってはいません
 
あなたの案では
民衆に厳しすぎるという
ご指摘もありましてね
 
どの大臣がそれを言っているのか
分かりますよ
おそらくこれでは民が反乱を起こす
と言いたいのでしょう
しかし
これはこの国の発展には重要なものです
 
ええ
私には分かりますよ
 
ではどうして
閣下は承認してくださらないのですか
 
とても急すぎて
これは機能不全を起こします
 
それは改革を妨げる人間が
用いる常套句です
 
まあ少しお話ししましょう
国家を導くとは、細い一本の綱を渡る
大道芸人のようなものです
少し体が左に傾いていたとする
このままだと落ちると思い
右に飛んでしまったら
結果として落下してしまう
あなたがやろうとしているのは
そういうことです
大事なのは
傾いた身体をゆっくりと元に戻しつつ
右にも左にも落ちないように
前に進むことでしょう
 
それはそうでしょうね
 
そこでバランスが必要になる
それは今まで続いてきた良いことを
継続しながら
徐々に修正していくことです
まつりごととは
われわれの中にある
深い破壊の衝動を
満たすためではありません
 
そうした破壊が
国家をも破壊すると?
 
それは分かりません
国の状態、多くの偶然によって
革新がうまくいくこともあるし
失敗することもあるということは
多くの歴史が証明している通りです
それで今回は折衷案として私が
考えたものを持ってきました
こちらです
 
ありがとうございます
拝見しました
確かに私の案に沿っています
しかし
貧しい者に配慮しすぎている気がします
 
ええ
改革をしつつ不平等を少し是正しました
 
私の案の重要なところは
今の生活が苦しくても
それは将来に豊かな果実をつけるための
種となるという点です
 
しかしあなたの案では
民の不平等は増えるでしょう
 
一時的にはそうです
しかし国全体としては豊かになる
私は間違っていない
何ならこれに反対する人と
議論してもいいです
 
議論すれば
あなたは勝つでしょう
あなたは大変賢いですからね
私は納得しますよ
でもそうしたところで
多くの人は不満を抱くだけでしょう
それは感情なのですよ
 
感情ではなく事実を見るべきです
不平等が拡大すると言いましたね
私は不平等という言葉を信じていません
平等を訴えるのは
常に貧しい人間のみです
そしてそうした人間が富を手にしたとき
自分の今までの主張を捨てて
平等を弾圧する側に回るのを
何度も見てきた
私はそうした感情的な愚か者に
与することはしません
 
あなたは本質をついていますよ
人は自分が誰かの下にいるということに
耐えられないのです
古代より
富める者と貧しい者は存在する
そして、富める者ばかりが
いい目を見ていれば
貧しい者が不満を持ち、
反乱を起こしてきたのも
古代から変わらない歴史です
貧しい者でも前向きに生きられるような
国家である必要がある
歴史の多くの国王や
その臣下たちが心を砕いてきたことです
そのためには感情と現実のバランスを
見極めることが必要です
 
見極めたところで失敗したら?
全てがうまくいくとは限りません
 
仰る通りです
ただ、感情に沿っていれば
それが失敗した時でも
多くの人は受け入れます
 
この案で感情に沿うことができますか?
 
案の中身だけなら難しいでしょうね
それで今回は
この案を財政大臣の案として
民に伝えることを考えています

どういうことですか
 
単純なことです
財政大臣はあなたと敵対している
財政大臣は元々宮廷の人でない農民出身だけど
貴方は名門貴族の出です
この案を貴方の案と言ったら
民は怒りだすが
人気のある
財政大臣ならすんなり受け入れるでしょう
 
私は民の事を常に考えているのです
 
勿論そうです
でも多くの人はそう捉えていない
人間は多くの自分以外の
聖霊のようなものを常に抱えている
民はあなたを憎んではいませんよ
あなたの貴族という出自が
現している匂いのようなものに
反発する者もいるということです
 
それも分かります
 
ありがとう
このやり方は
女王陛下に承認を貰っており
財政大臣にも話して許可を取っています
 
それならば
私は文句を言うことはありません
閣下に従います
 
ありがとう
あなたの実力は陛下も買っておられる
今回もそうです
どんな場所でも
ちゃんと仕事をする人を
見る人はしっかり見ていますよ
 
閣下を見ていると
とても勉強になります
人を治めるとは
多くの事を考えなければいけない
ようだ
 
ええ、人間とは複雑なものでしょう
ですから人を治めることも
それに沿っているのです
 






(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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