森の吟遊詩人たち -3人の美声ブリティッシュ・トラッド歌手
【金曜日は音楽の日】
私は時折、『ドラゴンクエスト』の影響はゲームだけでなく、ある種の心性にまで及んでいるのではないかと思ったりします。
つまり、ゲームシステムだけでなく、あの舞台のイメージが、人々の「ここではないどこか」のイメージの礎になっているのではないでしょうか。
ヨーロッパ中世の石造りの城、木でできた小屋の村の酒場、魔物や妖精が出る鬱蒼とした森。聖なる力を持つ剣、盾と鎧の装備と魔法、魔王の討伐。
こういったものが人をワクワクさせるのは、あのシリーズのイメージが大きい気がするのです。
その後のRPGや、今人気の「異世界転生」ものも、基本的なフォーマットは同じです。それだけ、あのヨーロッパ中世の世界は根強い人気を持っているのでしょう。
私がイギリスのトラッド(民謡)ミュージックや、そこから派生したブリティッシュ・フォーク、ブリティッシュ・フォークロック音楽が好きなのも、そこで歌われる妖精や魔法、森の中の民の暮らしといった『ドラゴンクエスト』に通ずる要素が堪えようもなく好きだから、というのはあると感じています。
私自身は、小さい頃からゲーム機を買い与えられることがなく、今に至るまで持っていないので、友人の家でゲームを見ているだけだったのですが、それゆえに、自分の中でその世界のイメージを膨らませていって、音楽が好きになったのかもしれません。
今日はその中から、3人の名フォークシンガー、それも民謡を自分なりにアレンジして歌う、トラッドシンガーを取り上げたいと思います。
3人ともとにかく美声で、しかも、ディープなブリティッシュ・トラッド/フォークの曲を取り上げています。
日本のフォーク・ミュージックはどちらかというとアメリカのフォーク・ミュージックを基にしていて、どこか、カラッとした感覚があります。
おそらく、それはアメリカのカントリー・ミュージックの影響があると思えるのですが、ブリティッシュ・フォークはどこか湿っぽく、もっと暗い感覚です。
そして、昔からコミュニティで歌い継がれた伝統曲が題材なので、まさに「本物」の世界が味わえるのです。
マーティン・カーシー『マーティン・カーシー』
マーティン・カーシーは、1941年生まれ。1960年代のフォーク・リバイバル運動の中心人物です。
オープン・チューニングという特殊なギター奏法を駆使し、ボブ・ディランやポール・サイモンといったアメリカのフォーク歌手にも直接教えるなど、多大な影響を与えました。
この1965年のファーストアルバムは、そんな彼の若き日の素晴らしい資質が、いっぱいに詰まっています。一曲目の「ハイ・ジャーマニー」で、古来から歌い継がれた民謡を、自身のギターと共に静かに歌い始めます。
ジェントルで澄んだ声なのに、どこか老成しています。森の隠者と若い旅人の両方の要素を持ったような声。
そんな歌声が、古来から行われてきた戦争に駆り出される民衆への同情や痛みと共に、段々と熱が籠って、緊張感が増していくのは、素晴らしいです。
このアルバム収録の『スカボロー・フェア』は、ポール・サイモンがサイモン&ガーファンクルで取り上げて、世界的なヒットになりました。
サイモンが一部独自に付け加えた箇所があるとはいえ、ほぼ同じ曲なのに自身のみのクレジットにしてしまったことで、後にトラブルになりますが、マーティンの偉大さを表すエピソードの一つでしょう。
また、1972年のアルバム『Shearwater』に収められた『Famous Flower Of Serving Men』は、彼の音楽の頂点をなす名演奏です。
母親に夫を殺され、男装して宮廷に出仕し、王の寵愛を受ける女性。その因縁に満ちた、幻想的な復讐譚のイギリス古民謡です。
これがなんと9分もの間、マーティンの緊張感に満ちた歌と、アコギの伴奏のみで語られます。
しかも、アタックの強い、血しぶきが飛ぶようなアルペジオが連綿と続き、鬱蒼とした森をさまようかのような情景を、オーケストラやバンドなしで、再現してしまうのです。まさに、ブリティッシュ・トラッドの名演奏の一つです。
アン・ブリッグス『森の妖精』
アン・ブリッグスは、ふわふわと囁くような、澄んだソプラノボイスの歌手です。しかし、実はゴリゴリの古民謡を歌う、生粋のトラッド歌手でもあります。
そんな彼女が、自作も交えてシンガーソングライター的な一面を見せたのが、この71年のセカンドアルバム。冒頭の『眠りの妖精の歌』は、アン自身が書いた幻想的な曲です。
よく聞くと、ギターやブズーキ(ギリシャの古楽器)のアン自身の演奏も、かなりシンコペーションが利いてドライブ感が強く、達者な腕前です。
アルバムの他の歌も、簡素な歌詞とメロディで、本当に古来から歌い継がれてきた、森の中の妖精の調べのような雰囲気を持っています。彼女はそれをまじりっけなしに歌い上げる、真の吟遊詩人の一人です。
バリー・ドランスフィールド『バリー・ドランスフィールド』
私の一押しが、このバリー・ドランスフィールド。
マーティンよりも若々しく張りのある声で、マーティンがジェントルな隠者なら、バリーは、いたずら好きの村の若者といったところ。愁いのない伸びのある声で、コミカルな歌がうまいのも素晴らしい。
そしてギターだけでなく、フィドル(バイオリン)の腕前も素晴らしく、明るい森の情景が浮かんできます。
兄と一緒に活動もしていますが、この72年のソロアルバムは、自作とトラッド曲を混ぜた美しいアルバム。
中でも自作の『踊る少女』は、鐘のように響くフィドルに合わせて優しく、少女に生きる道を諭します。彼の温厚な性格が伝わってくる名演奏です。
そして、アルバムのラストを飾る『ジェネラル・ワーシントン』は、お酒好きの将軍をめぐる楽しい歌なのですが、これは、18世紀から伝わる『ワーシントン・ビール』の、「コマーシャル・ソング」です。
この歌は、ミュージック・ホールで歌い継がれ、バリー自身も祖父から教わったと言います。つまり、リアル「酒場の唄」!
中世の森の世界が、ファンタジーでなく、代々伝統として受け継がれてきたということを教えてくれるのです。
ブリティッシュ・トラッド/フォークの世界には、まだまだ名歌手や、名バンドが沢山あります。その中でも、この3人は、素晴らしい美声と、伝統に根ざしつつ、自身の表現を付け加える柔軟性の持ち主です。
そして、そこから立ち上る、霧深い森の世界は、ファンタジーと安らぎに満ちた、美しい異界です。機会がありましたら、是非一度その世界を体験いただければと思います。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。
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