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【創作】骨董品店にて【スナップショット】


 
 
この時計、きれい
 
興味がありますか
 
ええ
動くでしょうか
 
ああ、動きますよ
こうやってねじを巻いて
 
本当だ
ちゃんと動いている
これは何年くらい前に
つくられたんですか
 
今から200年前に
天才時計師の手によってできた
機械式の懐中時計です
大変保存状態がいいから
今でも動きますね
 
文字盤が金色に輝いているみたい
 
これは琥珀です
太古の樹脂が化石になったもの
 
不思議
この石は長い時を過ごして
ここに収まっているんですね
大昔の空気を閉じ込めてここにいる
 
そう
この店にあるものも皆同じ
それぞれの時を過ごして
ここにいる
 
どれも不思議な匂いがします
 
それは、時の錆の匂いですね
物資というものは
必ず錆が出る時を吸って
錆びて時の重みを身に纏う
その重みが匂いを発する
人間や動物だって同じ
長いこと生きていると
時を吸った身体が重くなり
錆の匂いがしてくる
そしてある日動かなくなる
 
そうしたら死んで土に還る
 
勿論そういうものが大半です
しかし、時折
この琥珀のように
全てが溶けて匂いも消えた後に
不思議な輝きを発するものもある
樹液だけでなく
宝石の中には
元は太古の木だったものすら
あるのです
 
この時計は
太古の時を
身にまとっているんですね
 
ええ
 
傾けると
レリーフみたいな秒針が
虹色に輝きます
琥珀の文字盤と一緒に
光で変化していく
本当にきれい
 
まるで時の輝きをまとって
生きているようですな
 
遠い昔の時の輝き
私はそんな時間を想像すると
少し怖くなります
そんな広大な時間を思うと
自分がなぜ生きているのか
わからなくなる
まるで突然
海の中に放り込まれたみたいに
呆然となって
苦しくなるんです
おかしいですよね
 
いいえ
そう思うことは
あなたが叡智を持っている証拠
こう考えてみてはいかがでしょう
朽ちた樹が地層のなかで保存されて
美しい宝石となるように
優れた人もまた
死んだ後に
固有の光を発する
その輝きこそが
人類の歴史だと
その輝きは
生きる時間の長さに関係ない
あなたの時がこの地球の時間に
比べて短くとも
輝きは恒久のものとなって
私たちのような
後世の者の元にも届く
この美しい輝きを思えば
人間の寿命が短いことなど
問題ではないでしょう
 
私もそんな輝きを持つことが
できるでしょうか
 
ええ
あなたはとても若い
可能性に満ちている
年老いた私には
あなたの血が流れる音も
聴こえるようだ
年老いるとは錆び付くこと
呼吸がうまくできなくなり
血が巡らなくなる
つまり変化ができなくなる
あなたはまだそうならない
この虹色の琥珀時計のように
あなたは様々な場所から
光を浴びて
変化し続けるのです
 
そしてこの時計のように
しっかりと時を刻み続ける
 
そう
動き続けることは
錆びていく時間を
少しでも長く延ばすことだからね
そうしてあなたは
いつか自分の輝きを
見つけることができるでしょう
 
ええ
そうなりたいと
願っています
 
この時計は
あなたにさしあげよう
 
いいのですか
 
ええ
あなたのお守りとして
持っているといい
 
ありがとうございます
もしかすると
時計に宝石が使われるのは
この世を刻む針と
時が止まった後の輝きを
同時に手にできるからかも
しれませんね
きっとそれは
私たちの生きている今と
それ以上の世界の両方を
感じるためなのかも
 
そう
あなたは時の中を
歩むと同時に
時を超えた輝きの中にも
立っているのでしょう
 



 




(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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