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【創作】城の塔で【スナップショット】


 
何か聞こえましたか?
 
あれは風の音ね
 
良かった
人が来たのかと
 
いずれ来るわ
私を処刑台に導く者がやってくる
今でなくても
いつかは
 
そんなことを
仰らないでください
希望を持ちましょう
女王陛下は
大変寛大なお優しい方です
ましてや姫様の妹君で
あらせられるのだから
恩赦が下る可能性も
 
あの子が
優しいことには同意するわ
でもだからこそ
あの子は
私を放ってはおけない
優しい人間は
人の心がどのように動くかを
分かっているものよ
自分を女王にした水の民が
考えていることも分かっている
つまり彼らが
前の女王を許さないことを
 
奴らもそこまで愚かとは思えません
姫様を処刑すれば
また火の民との間で争乱が起きますぞ
 
それは予測でしかない
彼らの欲望ではない
彼らは愚かでなくても
その衝動を止めることはできない
私はかつて権力を手にしていたから
そういう様がよく分かる
 
権力の濫用は避けるべきです
身勝手に振る舞った王から
民の心が離れ
最後は全てを失う例は
古今東西枚挙に暇がありません
 
それはそう
 
今のままでは
女王陛下がそうなります
 
それはどうかしら
あの子は上手くやるように思える
幼い頃から間近で私を見てきたから
権力を良く知っている
私がまだ生かされていることからも
それが分かる
本来なら私は捕まって
その日のうちに処刑されても
おかしくない
それをこの塔にあなたと一緒に
幽閉しているのは
時が経ち、人心が落ち着くのを
待っているということ
権力には民衆の感情が
密接に関わっているから
 
権力は感情だけで
成り立つものではないでしょう
我らもそうでした
感情に任せすぎて
国を導いてしまった
騎士団たちを
もっと掌握していれば
火の民だけでなく水の民も取り立てて
融和に努めていれば
もっと本腰を入れて
国を豊かにしていれば
 
あなたの立場で後悔するのは
分かるわ
そうだけど
それは結果論でしかない
権力というのは恐ろしい力
そしてそれを操るには
私は役不足だった
 
私が全て悪かったのです
 
責めないで
あなたは良く民を思い
私の権力を抑制してくれた
でもそれだけでは
どうにもならない瞬間も
時には出てくる
人の上に立つということは
体験した者でないと分からない
多分あなたもね
 
お言葉ですが
私は今はこのように牢屋にいる身でも
昔は一国の宰相だったこともありましてな
 
ええ、私の優れた宰相で右腕
でも、あなたは私に仕えていた
権力というものは
上に仕える人間がいないということです
神は別ですよ
でも、人間の中で
誰かに仕えなくていいという現実は
人を狂わせ
そして、周囲の人間をも狂わせる
 
その事実は
確かに様々な力を引き寄せますな
 
そう
権力とは能力ではないのです
例えばあなたは官吏として
優れた能力を持ち
宰相まで上り詰めた
でも、私は能力というものを
持っていない
 
高貴なお生まれです
 
それだけではない
王族に生まれても権力を持てない人間は
昔から沢山いる
私には運が味方した
権力を持つには
様々な流れに乗って
運も掴まないといけない
そして掴んだ末に
多くの者が自分に平伏し、決断を請う
そしてその判断を下すのが
自分しかいないという事実を知る
全能感と裏腹の強烈な孤独
 
確かに、私には想像もできないことです
姫様はあまりにも多くのものを
背負いこまれていた
 
ありがとう
でも多分、そんな状態だからこそ
本当の力というのは生まれる
もし仮に未来
王を民が直接選ぶ国が
でてきたとしても
断言してもいい
権力の在りようは今と変わらないわ
 
真に決断して選択をすることは
世に一つしかない
それは意見を違えた人間全員では
分かち合えず
誰か一人が背負うから、ですな
 
そう
そして人間は
この力を味わうことの
魅惑に抗えない
この力を掴んで行使すること
この力に恍惚となってひれふすことの
どちらにも
なぜならそれは
私たちの生を変えるものだから
人生以上の世界を手に入れることだから
それが力、聖杯というもの
そして私のちっぽけな生も
力に触れて変わった
あまりにも強大だったから
私の生を押しつぶして
もうすぐ終わらせようとしている
 
諦めてはなりません
 
ありがとう
でも今はほっとしている
何よりも民の流血を防いだことに
私一人が犠牲になることで
この国が安定を取り戻すなら
大変嬉しいことです
 
私もすぐお傍に参ります
姫様を一人きりにはさせません
 
それは、駄目
あなたは有能だから
まだしなければならないことが
山ほどある
実は妹と
もう話はつけてあるのです
この国の一員として
火の民をまとめるには
権力を常に戒めてきた
公正で有能なあなたが必要です
私の名前、私の力は
多くの憎しみや情念が染み込み過ぎた
私が消えることでそれらは浄化される
それもまた権力なのです
 
そこまで考えていらっしゃるとは
かしこまりました
いつの日にか
あなた様のように
ご自身の人生を犠牲にせずとも
多くの民が幸せに暮らす世になるよう
私は命が終わるその日まで
努力し続けます
 
ありがとう
そう言ってくれて
安心して後を任せられます
ああ、今度こそ人が来たようです
行きましょう











(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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