【創作】スイーツビュッフェで【スナップショット】
このシフォンケーキ、おいしい
ほんとうだ
ここのケーキバイキング
凄く人気なんだって
頷けるね
窓から見える景色もいいし
ごめんね
あの子が行きたくないって言うから
裁判所の取り決めなのに
いいんだ
あの子の意思が一番大切だから
ちょっと早めの思春期というか
難しい年頃になった気がする
あなたのことを敵視するように
なっちゃって
当然だよ
あの子にとっては
自分や母親を捨てて
別の女性を選んだ親だからね
私はもう何とも思わないけど
あの子はこれから
気にしていくのかもしれない
君に対しては?
特に変わってはいない
ならよかった
僕に敵意を向けることで
一緒に暮らして
苦労して育てている君と
うまくいくなら
良いことだ
実のところそんな苦労はしていない
私は働けているし
お父さんの遺産もある
毎月のあなたの仕送りも
取り決め以上に送ってくれる
僕はもう趣味がなくなったから
君たちが元気に生きるために
使ってくれることが何よりだ
また別れたの?
ああ
大丈夫?
ちゃんと食べて寝ている?
大丈夫と言いたいところだけど
正直自分ではどうでもよくなっている
というのが本音かな
健康というのは
大切な人がいるから
気にするものだというのが
よく分かる
別れるペースが速くなっている
気がするんだけど
そうかもね
数えていないな
自暴自棄にならないで
なってはいない
ただ痛みをこらえているんだ
足に棘が刺さったまま
歩き続けているようなものだ
前に進もうとするたびに
痛みを感じ続ける
そういう時に限って
無意識にどこかにぶつけて
誰かが悪意もなく
傷口を踏んづけてくる
顔色が前より
どんどん悪くなっている気がする
それはね、棘が刺さったままだから
血流が止まって白くなっているのさ
痛くてたまらないのに
この棘を抜いたら
血が溢れ出て
止まらなくなると分かっている
だから抜くこともできない
前に進み続けるのをやめて
立ち止まって休むことよ
そうしたいところだけどね
なんというか
仕事と恋愛の二つしか
自分にないことに
うんざりしてきている
うんざりしているから
惰性になって
逆に止まれなくなっている
意志を持って、止まって
そうだね
ああ、それはマロングラッセだね
あの子が好きだった
小さい頃、面会日には
よく二人で美味しいケーキのお店に行った
あの子は将来ケーキ屋さんになりたい
と言っていた
ええ、言っていた
ほら、よくお花屋さんや
パン屋さんやケーキ屋さんに
なりたいという子がいるだろう
何でそう思うかといえば
何かを創りたいという願望の他に
花やケーキの甘い香りに
ずっと包まれていたいという意識が
あるからなんだろう
そうでしょうね
人生みたいじゃないか
甘い香りで誘って
それに囲まれることを夢想させて
実際のところは
その夢想した香り以上のものはない
大人になって
こんな風に好き放題に
ケーキを食べても
あの魅惑が欠けているから
甘味をとりつづけることを
止められなくなって
そうなると身体の方がぼろぼろになる
あなたには
美味しさを味わうことが
欠けているのよ
人生で一つの味を楽しむことが
まさにその通りなんだろう
それでこんな風になってしまった
きっとあなたは飢えていたから
何かを味わう間もなく
生きてきた
でもそろそろ自分を許してもいいはず
近所で猫を飼っている人がいて
その猫は野良育ちで
毎日底なし沼みたいに
食べていたんだって
ある時、好きなだけお代わりさせて
満腹になるまで食べさせたら
それ以降
適量を食べるようになった、って
あなたは傷を負いすぎている
もう満腹になってもいい頃合いよ
それはまあ
僕が僕でなくなることだ
変わればいい
人間は変わる生き物だから
そう一言で言うのは可能だけどね
ありがとう
君の言葉は美味しいケーキと一緒に
少しは痛み止めになったよ
あの子はもうケーキ屋さんになりたいとは
思っていないだろうな
将来の目標は何だろう
あなたが自分で聞いて
あの子はあなたの話を聞くのを
小さい頃はずっと楽しみにしていたのよ
あなたは物知りだからって
面会日の後はいつも私に
あなたから教わったことを
嬉しそうに話していた
まだあの子に伝えることは
沢山あるでしょう?
そうかもしれない
でもまあ、今言えることは
極言すると
一言しかないな
昔の小説の台詞だ
それは?
汝、父に似ることなかれ
(終)
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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