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秘密のアート基地、貴石修復所 *n.1 

L'Opificio delle Pietre Dure - Fortezza da basso.
存在するのは分かっていました。けど、 そこのどこにあるのか、わたしのなかで謎に包まれていました。

駅裏にあるバッソ要塞。メディチ家が1534年から3年かけて建造させた要塞です。いまはフィレンツェの展示会場として、有名なところでは、メンズのファンション国際展示ピッティウオーモのメイン会場としても使われます。

このバッソ要塞には、一般人が立ち入ることのできない秘密のアート基地が存在します。

9月に欧州文化週間というものがあり、フィレンツェでも美術館が夜間拝観をしたり、特別展示を行ったりします。

リストに目を通し、面白いイベントがないか探していたら『貴石修復所が、9月24日のみ特別見学を実施。』という告知を発見。

参照:Ministero della cultura(イタリア文化省)

心拍数が上がり、胸がドキドキ高鳴り始めました。ここぞ、存在は知っているけど、どこにあるのか分からない、秘密のアート基地です。

正式には、Opificio delle Pietre Dure といい、貴石作業場と訳せますが、国立の修復機関です。ここでは貴石修復所と呼ぶことにします。

貴石の名前通り、貴石や半貴石を使ったフィレンツェの伝統工芸を修復する修復所もありますが、そのほかにも、ウフィツィ美術館はもちろん、世界各国から絵画や彫刻などの作品が、修復のために集まってくる、世界的に有名な修復所を持っています。

バッソ要塞の修復所

貴石修復所は、分野ごとにフィレンツェの3箇所に工房を構えています。ひとつは、バッソ要塞の敷地内。ひとつは、貴石博物館と同じ敷地内。ひとつは、ベッキオ宮殿内にあります。

今回の特別見学では、ゴブラン織り修復を専門とするベッキオ宮殿内以外の、2箇所の門戸を開けるとのこと。完全予約制で、指定の日の指定の時間にネットから予約をいれるシステムです。まるで遠い昔に、コンサートの切符を電話予約したときのように、どきどきです。

すぐに返答が来ずにやきもきしましたが、しばらくすると、予約が取れたとのお知らせが届きました。

バッソ要塞の修復所から案内します。こちらは、絵画、木製彫刻、額縁を修復する工房です。

工房で修復されている作品は、すべて美術館や個人所蔵のものなので、作品の撮影は一切禁止。そうですよね、納得です。

イタリア文化省のHPに修復所の写真が掲載されていました。雰囲気はこんな感じです。制作された時代が異なる、大きな作品が、オープンスペースの空間で修復されています。

参照:https://www.beniculturalionline.it/

案内してくださったのは、科学の観点から修復に携わる方でした。

製作された当時の顔料や塗料、いまに至るまでの修復で使われてきた薬品などを調査し、修復に際して、どんな材料を使ったら良いかを研究する、科学的鑑識や検査をする科学班です。

修復所は土曜日はお休みです。だから、見学は土曜日に実施されたんですね。

誰もいないオープンスペースの広い空間には、大きなテーブルと、テーブルごとに、埃を吸い取る大きなダクトが天井から吊り下げられ、現在作業中の絵画が、あるものは寝かせられ、あるものは立てられ、まるでアートの病院です。

見学でよく聞かれるのが、どのくらいの期間とお金をかけて修復されるのか、という質問です。

期間は無期限。終えるまで。金額は高額。貴石修復所は、国の機関のひとつなので、国立美術館所蔵の作品の修復代は、国から支払われます。一方、教会所蔵の作品の修復代は、教会から支払われるそうです。

その作品が、どこに属するかで、支払い元が変わるんですね。当然といえば当然だけど、興味深いです。個人所有や、諸外国から運ばれる作品の修復も行なっています。

貴石修復所だけでなく、イタリアにも、世界にも、個人でも、修復を行うところはあります。そのなかで、この修復所が特異なのは、期間が設けられて、締め切りに合わせて作業を進めるのではなく、徹底的に研究するところです。

断層撮影、蛍光発光、紫外線、探照法、X線撮影など、最新の技術を駆使した緻密なリサーチをもとに、実験研究を重ね、新しい材料や手法を取り入れ、その患者(作品)にとって最善の手を尽くし、その結果は、学術論文や書籍として発行されます。

ルネッサンスの三大巨匠と呼ばれる、ラファエロ・サンツィオがフィレンツェで描いた「ひわの聖母子像」。約10年という長い修復研究をまとめた書籍です。

参照:アマゾンイタリア

修復前が左。修復後が右。全体的に茶色で、傷も目立っていましたが、修復後は鮮やかな色を取り戻し、背景の風景に透明感があります。マリア様の表情も違う!

1500年代に、この絵を所有していた屋敷が土砂崩れにあい、切れ切れになってしまったのを、当時の芸術家達が、釘で貼り合わせ修復した過去をもちます。そのため痛みが激しい作品です。

縦筋が入っているのが板の切れ目。一番左側は色を付け加える前。板目が見えているところに漆喰を埋め、少しづつ色を加えていきます。

参照:書籍「Raffaello: la Madonna del Cardellino restaurata」

幼子キリストのおみ足。右側では、修復部分がすっかりわからなくなっています。

参照:書籍「Raffaello: la Madonna del Cardellino restaurata」

ウフィツィ美術館には修復すべき所蔵品がたくさんあり、年間計画でどの作品を修復するかを決め、1つの作品につき、1つのプロジェクトが進められます。

1つの作品がどんな歴史を持ち、いままで生きてきたのか。

表面上は見えない、絵の奥に潜んでいるかもしれない「なにか」を発見するたびに、驚きの連続です。

複数のアーティストが手がけていたり、誰かの板絵を再利用していたり、フリーハンドで描いていたり、何度も思考を重ねて描き直した後などを発見することもあります。

そのためにも、実際に修復を行う前に、しっかりとリサーチすることが大切になり、科学班が活躍します。

ここでもう一枚。レオナルドダヴィンチの描いた「東方三賢者」。未完成で下絵のまま残されている作品ですが、修復前の作品は、茶色に焼けてしまい判別がほとんど不可です。それが、空の色まで取り戻し、色が蘇っています。

こちらの修復期間は5年間。たっぷりとリサーチに1年をかけ、2年目より修復作業を行いました。

貴石修復所が動画を制作しており、修復過程がわかります。英語とイタリア語の文字による説明があり、全編は音楽のみです。ぜひご覧ください。

約8分と長い動画ですが、レオナルドダヴィンチの指紋が残されているシーンがあります。4分10〜13秒のところです。指紋とだけあって、現代の警察が鑑識しています。面白いですね〜。

動画に写されている場所が、今回訪問をした修復所です。ね、すごいところでしょう。

次回も修復の話しはつづきます。
また貴石修復所でお会いしましょう!

最後までお読みくださり、
ありがとうございます!

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