傷つきたくないという感情との向き合い方
マガジン「自分探しの旅行記」の記事です。体調を崩していたこともあり、こちらの記事は長らく更新していませんでした。体調も回復してきましたので、改めての執筆再開です。
今回はこのマガジンを開始した当初の記事を、自身も冷静になりながら、書き直すことにしました。これらの記事は色々と理由があり、現在のマガジンに載せていませんでした。
今回のテーマですが、自分の「傷つきたくない」という感情についてです。誰しも大なり小なり存在する感情ではないでしょうか。ただ、その根底にある内容はそれぞれだと思うので、今回はあくまで自分の場合を通して書くことにします。
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自分探しの旅行記
自己紹介で自分のことを「渡り鳥」に例えています。学生時代に鳥のあだ名を付けられたことがありました(当時は受け入れられませんでした)。今は的を射ているなと感じています。
個人的な趣味と性格的なところもあり、様々なコミュニティに関わる機会を頂きました。プラスな面もマイナスな面も体験しましたが、そこで得たことを胸に抱いて自身を成長させてきました。新しいことを知る重要な機会と捉えています。
元々はそこまで社交的な性格ではありませんでした。これは私が大人になることで知り得た特性のひとつなのかもしれません。これまで得られた体験と、自分自身の深掘りをミックスさせる。そうすることで、自分のことをさらに理解することができる気がします。
ここでは、そんな話題を中心に書いています。
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私の「傷つきたくない」の具体化
誰しも大なり小なりあると言いましたが、私はこの「傷つきたくない」という感情が人並み以上に強いです。具体的には「否定しないでほしい」もしくは「賛同してほしい」ということです。
贅沢な願望であることは理解しているつもりですが、100人居たら100人全員が賛同することを望んでいました。そんな答え(発言)を日頃から心がけていたとも言えます。
ここでブログを始めて3年が経とうとしています。過去に「ブログは傷つくことがない世界である」と言われたことがあります。確かにそうかもしれない。この性質が今日まで継続できた理由の一端であることは、自分も納得しています。
実際に、経験談として「賛同」を受けても「否定」を受けたことは、記憶にありませんでした。そういう意味では、ブログは居心地の良い世界とも言えます。傷つくリスクを想定することなく自分を自由に表現できるのですから。
それでも、私にはここが居場所として必要です。傷つきやすいという自らの特性を受け入れるためには、失われてはいけない場所なのです。リアルな世界で傷つくことを極端に恐れずに、少しでも強く(しなやかに)立ち回るために。
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私の「傷つきたくない」の起源
もう少し過去のことを掘り下げてみます。私の両親はおそらく優しい部類に入る方でした。一方で、私は過去の体験から「怒らせたら怖い」とも感じていて、怒らせないようにという意識が常にどこかにありました。
怒られないために行動するし、怒られないために良い結果を出そうとする。傷つきたくないので、怒られないことが一番の目的で立ち回る日々でした。
この辺の経験は、今も私の脳裏に焼き付いていることです。両親以外の大人たちを前にして、似たようなことで苦しむことが多々あります。自分の中で上手く昇華させられていないのです。
自分が傷つきたくないから、必死で健気にいい子を演じている。幼少期の体験が後の人格形成を支配すると言われますが、まさにその典型例です。私にとって「傷つきたくない」という感情は、一筋縄ではいかないほどに強固なものです。
これを自分の人生に最適な形で持ち込むことが、対人問題における課題かもしれません。
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あなた(私)はどうしたいのか
よく母親から「あなたはどうしたいの?」という質問を受けました。その度に答えに窮していたのですが、相手の期待に応えることを常に前提として考えていたのですから、そうなるのも当然の結果かもしれません。
現在の私で言えば、相手の期待に応えることをしたいのです。間違えた果てに自分が傷つきたくないから。
でも、いいかげんその負の連鎖から卒業する必要があります。私の望み(本音)も卒業する方に傾いているのですから。
人間関係の問題を解決したい。それが本音ですが、今まで良い方法が思い付きませんでした。相手の望み通りの答えを出すことで、本当の意味で相手と向き合うことから逃げていた。
私が本音でしたいこと。相手の望むことを予測して答えを出すのではなくて。相手がどう感想を抱こうが、自分のしたいことを全面に出す方が建設的です。少なくとも自分に対して。
これが私の「傷つきたくない」に関する問題の根底でした。自分が本当にしたいことをする。賛同(期待)に応えることを第一の目的に置かないで。あとは実践あるのみです。
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おわりに
今回は、過去に書いた「傷つきたくない」という感情に関する記事を再編集しました。普段の記事に比べて重たいテーマを扱いましたが、自分のことを改めて考え直せて良かったです。
自分の本音に従う(相手の望みに従うのではない)。この感覚をきちんとインストールするには、おそらく表面的な行動(意識)では上手くいかないでしょう。
これが「傷つきたくない」という潜在意識を癒すヒントになることを願います。そして、今後で実践をしていきたいと決意するばかりです。
今回は少し長くなりましたが、私ごとの内面的な振り返りの旅路にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。実際は非定期ですが、毎日更新する気持ちで取り組んでいます。あなたの人生の新たな1ページに寄り添えたら幸いです。何卒よろしくお願いいたします。
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