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【欧州ひとり旅】北風をよそに
確かにわたしは、ここへ来たことがあります。ドア代わりになっている、太陽の描かれた緑の布。潮風をまとったいくつかの洗濯物。360度どこを見回しても、やはりわたしはここへ来たことがあります。それは半年前とかいつか夢の中とかそういうことではなく、今日、ついさっきのことです。
ベネチア本島ほどは大きくないここムラーノ島でも、わたしは道に迷ってしまったようです。いくつかの運河と、その沿岸に佇む色とりどりの家々。漁師さんたちが漁から帰ってきた時に、自身の家がどこであるかをすぐに見分けられるように、家に色をつけたのだとか。例えわたしがこの島の住民であったとしても、自身の家をすぐに見分けられるようになるまでには、きっと長い年月を要しそうです。そもそも、何色に染めましょうか。
わたしを迷わせたいくつもの路地裏のひとつの中腹から、椅子に腰かけた老人がこちらを見つめます。目つきは鋭いですが、表情は柔らかいです。
「あの老人、さっきもいたような」
その路地裏から、少し冷たい風が吹いてきました。さて、旅の醍醐味は、そこに住む方々と会話をすることだと、誰かがどこかで言っていました。確かに言っていたはずです。わたしを押し返す北風をよそに、そのご老人のところへ歩き出しましょう。道に迷ったことは、必ずしも悪いことばかりではないはずです。
ありあのひとり旅日記より抜粋
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in Murano, Italy Jan.2023
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