【北イタリアひとり旅:序章】Ep.01 『少女イレーネ』
ピエトラサンタの少女イレーネは、わたしにこう言いました。
「あなた、旅をしているのね。どう、素敵な場所でしょう。色も匂いも音も心も。髪の毛先から足のつま先まで、体すべてで、あなたはきっとこの国を気に入るわ。」
RPGゲームに出てくるお城にいるお姫さまが言いそうなこの台詞は、ちょうど昨日乗った列車の窓にこびりついていたガムのように、わたしの脳から決して離れることはなく、どこまでも、どこへでも付きまとうこととなるでしょう。
そう、少女イレーネのこの言葉こそが、今回のひとり旅を、もっとも簡潔にかつ流麗に表したものであると、わたしは信じて病みません。この北イタリアという地を形容するにあたり、これまで百千ほどの旅日記を書いてきたわたしでさえ、彼女の発した言葉よりも適切な語句を、およそ見つけられやしなかったのですから。
さて、少女イレーネと会話した今日この日を、わたしは、この旅において初めて、1度もカメラのシャッターを切ることなく終えました。カメラを4つほど携えて旅をしているわたしにとって、これは驚くべきことです。今日書いた、つまりいま書いている旅日記を書き終えたならば、それは数分後のことなのですが、まさにこのページを、わたしは見事に上から下まで丁寧に破り割き、きっとこの旅日記の冒頭に持っていくに違いありません。それは小説の序章のようなものであり、そして、終章でもあるというべきでしょうか。
たまたまそこを訪れた結果出会った人ひとりに、これだけ影響されてしまうのですから、旅というものは、まったくもって不思議な行為です。
『北イタリアひとり旅日記』より