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21世紀の生存報告

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記事一覧

葱を刻む

職場で葱を刻む夢を見た。
私の職場には、給湯室で、葱を刻んではいけないというルールはない。
ないんだけれど、誰もしない。
葱を刻むだけではなく、卵をといたり、ハムを切ったり、ごはんを炊いたりするひともいない。

急に視線を感じ、手を止めた。

遠くで私を見る人がいる。

私は、ある重要なことを思い出していた。私が刻んでいる葱は、使いかけだったはずだ。職場の冷蔵庫にあるものは、名前が書かれていない限

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【読書】『源氏物語の時代』 山本淳子 著

大河ドラマの良いところは、登場人物の死がネタバレにならないことだと思う。1000年も生きているひとはいないので、当たり前のように平安時代の歴史上の人物は死んでいるし、ドラマの中でもやっぱり死んでいく。

すこし前の、『光る君へ』では、一条天皇の崩御が描かれていた。

塩野瑛久さん演じる一条天皇は、佇まいや所作が美しくて、とてもよかった。抑制された演技が、一条天皇の抑えきれない気持ちの揺れうごくさま

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【読書】「さかさま英雄伝」寺山修司

「誰か故郷を想はざる」(1968.10.20)によると、寺山修司は、1935年12月10日生まれらしい。俳句も短歌も演劇も評論も、名のある作品や仕事を残している。

 例えば、上のは短歌の有名なやつ。短歌でもそうだったけれど、虚構性が指摘されていて、お母さんが働いてる時期に、亡き母について歌ったりしてる。
 私は、寺山修司の文章は半信半疑で読むべきじゃないかなと思う。ちなみに半信半疑で読んでいても

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祖母と珍味

祖母の夢を見た。

氷下魚をちぎって渡すと、祖母が皺くちゃの顔で笑う。小さな、公営住宅の玄関だった。目が覚めるまで、祖母が死んだことは忘れていた。

祖母は公営住宅に住んだことはない。
なぜ玄関なんだろうか。
でも、元気そうだった。

【小説】「父を笑わせる」 その6(最終話)

【小説】「父を笑わせる」 その6(最終話)

 北海道から帰ってきて、お土産のとうきびチョコを、どじょうすくいの先生に渡した日だった。どんど焼きの時にどじょうすくいをやるので、手伝ってくれないかと言われた。
 正直、気が進まない。
 「すみません。僕はまだ下手ですし」
 「もちろん上手とも言えないけど、そこが良いと思うのよ。実は、フジワラさんも出てくださるの。どうかしら?」
 「フジワラさん、僕はお会いしたことがなくて」
 なるべく平坦に、感

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【小説】「父を笑わせる」その5

【小説】「父を笑わせる」その5

 十二月。一つ、父を悲しませる不幸があった。

 北海道に住む叔父が亡くなった。

 叔父は、母の弟で、ダンプカーの運転手だった。
 冬は名古屋や三重のほうで、夏は北海道で砂利や土砂を運ぶ仕事をしていたのだけど、気に入った町を見つけてからは、北海道にある小さな町でレストランをしていた。父とは、同じ大学の同級生だ。
 「おじさん、亡くなったらしい」と父から聞いたとき、僕が真っ先に思ったのは、お年玉の

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誰かに気づかないうちに祝福されてるみたいに

 今日はお誕生日で、二日酔いだった。
 頭が、右の目の奥のもっと奥のところがガンガンする。頭痛に、お誕生日とか関係ないよね。

 朝ごはんを食べながら、子どもがつけた『葬送のフリーレン』を観る。
 奇跡的に、お誕生日の話だった。
 たしかに誰かの祝福に気づかないことはある。
 雪景色も静かで、二日酔いの誕生日に観るにはぴったりのお話だった。

 買い物を終えて、家で子どもたちにしらすチャーハンを作

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短編小説「ぶたキムチ」

短編小説「ぶたキムチ」

黄色い封筒の中には、ぶたキムチのレシビと
「あなたが好きだった豚キムチのレシピです」と書かれたメモがあった。

 宛先を間違えたのだろうか、と思ったら、同じようなへたな字で、宛先だけじゃなく、送り主の欄にも、僕の名前が書かれていた。もしかしたらいたずらかもしれない。僕は、ぶたキムチを好きになったことがないし、ぶたキムチの思い出を分かち合うような女性と付き合ったこともない。
 それから何日かして、ふ

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【小説】「父を笑わせる」その4

【小説】「父を笑わせる」その4

 ウツミが教えてくれたどじょうすくい教室のホームページには、素敵な笑顔で、写真に映るひとたちが並んでいた。全員、鼻の穴の部分を覆うように、黒いなにかをつけている。

 なんとなく、見ていて安心する。

 たぶん、こんなマヌケな恰好をして誰かに悪意を持つひとはいないんじゃないだろうか。すくなくとも悪意をもたれても、許してしまう気がする。ウツミに都合のいい曜日や時間を聞いたあと、教室に電話をかけてみる

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【小説】「父を笑わせる」その3

【小説】「父を笑わせる」その3

 次の日の朝も、おむつ公園でウツミを待つことにした。
 提案したいことがあるのだ。

 ウツミは、僕を見つけるとだるそうに手を振り、公園を通り過ぎようとした。
 「おはよう、ウツミ」
 あわてて追いかける。
 「おはよう、アサクラ」
 「あれから、ちょっと考えてみたんだ」
 「何を?」
 「やっぱ『自然に任せる』っていうのはよくないんじゃないかな」
 ウツミは鼻でため息をついて、眉を寄せた。
 「

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【小説】「卵十個パック、ふたつ分の魂」

【小説】「卵十個パック、ふたつ分の魂」

タナカは「あー、カップヌードル食べようかな」と不必要にでかい声で発声し、「あー、ふたり分のお湯でもわかしてみようかな」とあたしのことをチラ見した。

「そんなんで機嫌なおすと思ってんのか、お前」って。

言いたくなるのをグッとこらえて口を結ぶと、鼻からため息だったものがもれた。あなたのしたことは、お湯を注ぐだけで許されるわけがないんですよ、おわかりでしょうか?と思いつつ、「勝手にしなよ」と短く応え

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蚊がいる

二日目のお休みは不安だ

目をつぶって
細く息を吐いてみたり
鼻から
息を抜いてみたり

するけど
おやつの
食べ過ぎで

寒いのに
冷房の温度をあげる気力すらわかない

救いは
金魚が二匹
水槽のなかで
泳いでいること

たまに猫が近くで
のびをして
膝に毛がふれること

恐ろしいときには
空気が汚れていて
鴉はいつもより多く
空を飛んでいる

9月は、あたたかい

空は、
海との境目を
さかさ

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黄色いスウェットで寝そべってる

黄色いスウェットで寝そべってる

今日は平井さんが出てくる夢だった。
JRの宇都宮線かなにかの列車で座っていると、小さな隙間にダイビングするように、黄色いスウェットの男性が座りこんでくる
よくよく見ると平井さんであった。
お互いに目を合わせ、僕は会えた喜びで「平井さん!」と声をあげてしまう。
平井さんは、「おう」と言いながら片手をあげて返事をする。僕と隣の乗客の膝の上の寝転がりながらで、堂々としていたが、どこかオドオドしたところが

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【小説】父を笑わせる その1

【小説】父を笑わせる その1

母が亡くなった。

案の定、父は泣き暮らしている。
なんなら泣くために、泣ける映画ばかり見ているんじゃないかって思う。
父が見る映画ではたいてい人が死に、病いに苦しみ、離別に戸惑う人たちが出てくる。父のえらいところは、そういう一大事のあとにも、仕事には行っているってことだ。
 ちなみに今日は、早起きした父が朝っぱらから『クレイマークレイマー』を見ていた。一人で観せてあげたい気がして、僕は部屋に戻る

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