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伝承される抗日戦線

『続 赤い高粱 』莫 言 (著), 井口 晃 (翻訳)(岩波現代– 2013)

ノーベル賞作家莫言の代表作で、五つの連作中篇からなる長篇小説『赤い高粱』(原題『紅高粱家族』)の後半三篇を収録。日中戦争下の中国山東省高密県東北郷。日本軍を奇襲した祖父らだったが、その報復により村は壊滅する――。共産党軍、国民党軍、傀儡軍、秘密結社がからむ生と死、性と愛、血と土、暴力と欲望の凄烈な物語。

莫言は2012年のノーベル文学賞受賞者。『赤い高粱』は映画化されたのでその時に原作も出たと思ったが、『続赤い高粱』ノーベル文学賞を取ったから出てようだ(一度に出版されたのではなかった)。そういうことがあるから、ノーベル文学賞は春樹以外がいい。

最近になって「続」があると知ったのだ。『赤い高粱』を読み終わったのがそのノーベル賞受賞の年だった。まだ岩波現代文庫では出てなかったのだ。そういうのがあるからノーベル文学賞は買いだよ。ノーベル文学賞で海外文学の有名人が出版される。すぐに絶版になるだろうけど。

『赤い高粱』は三章までで、『続赤い高粱』は4、5、6章。9年間の間があったが、莫言の小説は直線的な物語ではなく、循環構造になっているのでそれほどブランクを感じさせるものではなかった。ただ読みにくいのは『赤い高粱』でも『続赤い高粱』でもマジック・リアリズムという過去と現在と妄想が一体となっているから、読みにくい。章立ての連作集としても読める。

4章「犬の道」は、日中戦争の中で屍を漁りにくる野犬化した犬との闘い。まだ語り手が生まれる以前の話として、祖父と父が対野犬戦に勝利した伝承として語られる壮絶な物語。飼い犬の野犬化という、それも人間の死体を食べるからますます獰猛化して群衆化する野犬たち。それは戦争によって理性を失っていく人間と同じだった。

『カムイ伝』でも人間の物語の中に動物の物語が出てきたのだが、最初はそんなことを思って読んでいたが、ちょっと違うのは『カムイ伝』は自然の掟である生存競争を描いてそれを忍者の世界にも当てはめている。莫言『続赤い高粱』では、飼い犬としての理性を無くした野生化する野犬として、集団を引っ張る三匹の緑、黒、赤犬がいて、それは中国の対日抗戦の兵隊グループと重なっている。赤は共産党、黒は国民党、緑はヤクザの軍閥なのだった。祖父は「鉄板会」といういかがわしい組織に引っ張られることになる。

三という数の争いは、戦争でもそうなのだが、愛欲でも祖父と祖母と愛人を巡る三角関係も重要なテーマとなってくる。あと三代に渡る話ということも。三代ぐらいから事実が伝承になって物語化として神話的側面も出てくるのかもしれない。そうして語り継がれていくのだった。ホメロスの戦争にしても、フォークナーの人種差別にしても。

第5章「高粱の葬礼」は、祖母の葬儀に乗じて「鉄板会」に襲撃をかける八路軍(共産党)と国民党軍の混乱した戦争。それに乗じて傀儡軍(日本兵の手下となる中国軍)やってきて、壮絶な内乱となっていく。それは、現代の戦争でも戦争地域で起きている宗教(思想)戦争とも一致する。正義を求める戦争の残虐さ。その中で崇高な祖母の墓が暴かれ、野犬化した犬たちと同じように死者を弔うことも出来ない悲惨な人間を人間が襲う戦争になっていくのだった。

第6章は祖父の愛人の壮絶な死と鎮魂。ここは日本兵の残虐行為(妊娠しているのにレイプされ腹が引き裂かれる)描写と共に、狐憑の寓話。それは日本人に襲われ日本刀で切りつけられて、瀕死の状態ながら生き残った父の伝説にも狐の霊が関与してくる(この描写は『もののけ姫』の「シシ神」ような美しさで描写される。そう言えば『もののけ姫』にも似ているのかも)。この父親はその前の野犬との戦争では片玉を取られて生き延びた。その結果として、今の語り手が存在しているという伝承の物語だった。父は道化的なトリック・スターとして描かれている。

関連書籍:莫言『赤い高粱』


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