#谷川俊太郎
シン・現代詩レッスン138
谷川俊太郎「昨日のしみ」
谷川俊太郎『詩を書くということ (谷川俊太郎)』から。谷川俊太郎は自分の詩を依頼されて書くという。それは今の資本主義的なあり方なのだが、それでフォーク歌手に歌われていたりするのだ。作曲は武満徹とか(これが武満徹の遺作とか)。
やはり抒情なんだな。叙事詩は大きな物語だが抒情は小さな物語の日常性ということだろうか。「しみ」みたいなもんだよ、と歌う。そんなしみが老いとともに
シン・現代詩レッスン137
谷川俊太郎「かっぱ」
谷川俊太郎『詩を書くということ (谷川俊太郎)』から。NHKで放送された番組の書籍化のようである。インタビューということでわかりやすいし、NHKの番組ならなおさら信頼が置けるのかもしれない。そんなことは知らずにただタイトルだけを見て図書館で借りたのだが、谷川俊太郎は言葉というものが他者のものであり、それを伝達するのが詩人ではと言っているのかもしれない。自分の言葉なんてほとん
シン・現代詩レッスン114
谷川俊太郎「さて」
『現代詩手帖2024年1月号』特集「現代日本詩集」から谷川俊太郎「さて」。去年の新年号に掲載された谷川俊太郎の詩。今年はないのだから、ほぼ晩年の詩なのか。『現代詩手帖2025年1月号』には、谷川俊太郎の名前がないので、その「喪失感」たるやこの目次が詩みたいだ。谷川俊太郎への追悼詩もあるし。
谷川俊太郎ぐらい詩を体現した人はいないだろう。もう呼吸が詩みたいな人だった。何を書
シン・現代詩レッスン24
テキストは寺山修司『戦後詩』に戻って第二章「戦後詩の主題としての幻滅」から。寺山修司が否定する戦後詩は「荒地」派の日本の先行き真っ暗だぜという、今読むとけっこう惹かれてしまうのだが、寺山修司は今いる若者のようにそんなに未来がなくてどうするというものだった。そこで持ってきたのが朝の思想という「おはよう」詩というような谷川俊太郎を上げるのだった。だが今の日本の状態が谷川俊太郎のような詩が一人勝ちのコピ
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