金曜20時までの恋人⑦ 〜水曜の夜〜
ミナナが去ってから、しばらくは神保町に残って様々な書店を見て回った。
興味ある本を探して、手にとってはパラパラとめくってみる。
本を眺めているのに、内容は全く頭に入って来なかった。
ただページをめくる感触を指の腹で感じているだけで、頭ではミナナのことばかり考えていた。
今の僕とミナナの関係とは一体何なのだろう。
恋人と言いながら、ミナナと僕には少しの体の触れ合いもない。
なんとなく、ミナナから「そうしてほしくない」というオーラを感じる。
体の触れ合いを求めないのであれば、ミナナの言う「恋人」の定義とは一体何なのだろう。
そんなことを考えながら、カフェで長い時間を過ごした。気づけば17時になっている。
このままミナナの仕事が終わるまで待っているのも悪くない。
それまでの時間潰しに、僕はもう一度書店を巡ることにした。
・・・
ミナナの職場からは少し距離を取ったほうが良いと考え、九段下のラーメン店で待ち合わせをした。19時にやってきたミナナは、僕を見つけると、
「昼カレー、夜ラーメンって、高校生男子かっ!」と言った。
妙なテンションだった。しかし、週半ばの仕事終わりなんてこんなもんだろう、と一応理解はしてみる。
「いきなり、そんな挨拶はないだろ」
そう突っ込みながらも、僕は案外ミナナのそのキャラクターを気に入っている。
「ずっといたんだねー、疲れなかった?」
「久々にのんびりできたよ。ボーっとしていただけだけど」
今日一日、本当にのんびりと過ごした。
仕事のことを考えるでもなく、SNSに時間を割くでもなく。
僕のこれまでの恋愛を振り返っていた。
僕は人よりも感情が冷めていると思って生きてきた。
女の子から告白をされ、その相手が、ある一定基準を満たしていればあまり深く考えずに付き合いを始める可能性が高かった。
つまり、僕が嫌悪を抱かない程度のルックス、性格、清潔感を持っている子、ということだ。
そういう基準で判断して付き合いを始めるから、特にその後も燃え上がることもなく、静かに終わる恋が多く、僕という人間のつまらなさに自分でも呆れていたところだった。
そんなときに現れたミナナ。
彼女はこれまで、どんな恋愛をしてきたのだろう。
滴る油が服にはねないように慎重に餃子を口に運んでいるミナナに
「“恋人”の定義ってなに?」と尋ねる。
ミナナはこちらを見つめている。
餃子がとても“熱い”のだと目で訴えてくる。僕はミナナが落ち着くまで、泡のなくなったビールを飲んで待つ。
「“恋人になって”って言う意味はね」口元を紙ナフキンで拭って続ける。
「“私のことを好きになって”、に同意」
「ふーん」
「“恋人”は、想い合ってる同士のこと。片思い、興味本位は“恋人”ではない。持論です」
「ふーん」
僕は一気にビールを煽った。
「アユムくんは今、私の“恋人”?」
ミナナが真面目な顔をしている。僕もそれに応えようと思った。
「徐々になってきてると思う。悔しいけれど」
出た。ミナナの得意な、顔の横につけたダブルピースのポーズ。ミナナは「嬉しい」と言った。
僕はもう一杯ビールを頼むことにした。
(続く)
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