短歌50首 『咲けライラック』
『咲けライラック』
今までの喜怒哀楽の思い出が全部詰め込まれている制服
マンションの躑躅を前に学友とキャスターボードを往復した春
スーパーの試食のサラダ美味しくてつい大きめのじゃがいもを買う
闊歩するフレンチブルはついに彼の好みの花を見つけたようだ
雨の予感が鼻を通って自転車のペダルの速度少し速める
朝起きて携帯から鳴るアラームを止めて始まる日々の喧騒
地図のない木陰を友と彷徨って草の匂いを嫌がった夏
バーベキューの端っこで焼く豆もやしの旨さを知ってほしい潮騒
街づくりのゲームをすれば飲んでいる麦茶も少し経営の味
コップ水の氷が取れぬ 勉強はそんな感じのムズムズの群れ
無造作にフライ飲み込む 髪の毛をかきつつ親に夢を打ち出す
味噌汁の味が濃くって 今回の試験に腹を括る早朝
やさしい人になりたいなんて思いつつ緑茶のティーバックを出している
あの雲はどこへ行くのか テラス席フラペチーノのストロー噛む
半袖から剥き出した腕に冷風が吹く月末の合格発表
出かけるのは久々やねと箪笥から母は花柄ブラウスを出す
テニスする手が悴んで友の打つ球を返せぬそんな晩秋
甘栗を剥きながらふと眺め入る 十一月の庭に空蝉
凍て空に出発前のバスを待つ スキニーパンツの折れ目を解(ほど)く
飴を舐めてもわずか数分しか経たぬ 案外遠い目的地まで
購いし胡椒餅(フージャオビン)の包み紙に伝う焼き立ての温みを抱(いだ)く
『舞姫』を読む窓際で得体なき憎きをソファーの軋みに変える
日常がなくなるようでいつもよりダークカラーの春のコロナ禍
今日はコーンスープを飲んだ もう一枚パーカーを着る花冷えの朝
少しだけ大人な気分になったのにちょっとずれてるネクタイノット
たんぽぽの綿がマスクに飛んで来てふっと春だと感じる昼間
吾(あ)自身が無理だと言えば吾自身を変えれぬ クッキー何個かかじる
花の匂いがすっと体を抜けていく吾もなってみよう春のそよ風
紫の野菜ジュースのグレープの味ちょっとだけ理解した朝
靴紐がよく解(ほど)けると感じたら我の決意が緩んだ証拠
雨傘を忘れた我を新緑の銀杏並木が守ってくれる
すももはなぜプラムと言うのか 種の方をかじれば初夏の酸っぱさになる
夏になると商店街の青果屋で美味しいオクラが買えると聞いて
買った卵をサッカー台で入れてからそろりと持ち上げるエコバック
蝉声がじじりと呼応する夜の寝る前に飲む乳酸飲料
外出自粛が解け外に出る 都会の夜の雲が大きな星座に見えた
そんな量必要なのかと言われても気にせず箱入りトマト一キロ
父よりも背は伸びたけど南蛮の酸いた野菜に吾はまだ慣れぬ
小売店の水着セールが始まって夏の終わりを告げる店内
えのきはどこに置けば一番良いのだろう 買い物バッグも立派なパズル
お目当ての物が無くって 買い物から帰って食べるキーウィ酸っぱい
ああ旅へ出かけたいなと思う吾に地球儀ぐるぐる回してあげる
この子がいいと決めて手に取る 買い物で培ったカボチャの選び方
目の前を落ちる赤葉(もみじ)の儚さに紛れる石油を告げる音楽
濃紺が空気に滲む 悴んだ私の紺のマフラーの影
叔母送りしダンボール見てそういえば母は末っ子だったと気づく
六十円の豆腐を買いにスーパーへ そうして日曜日が始まった
第二関節ほどの積雪 ときめきが減って私は大人となった
寒い夜に吾を呼んでいるようにしておでんのセールをしているコンビニ
対面の授業無くなる せめて吾を気にせず咲いてくれライラック
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短歌50首『咲けライラック』 元井 蒼
第67回角川短歌賞 予選通過(感謝🙇♂️)
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