譲れない道路交通法、教習最速理論と挑戦者達。回想録。小説風。
ーーどちらも正解でどちらも不正解だ。
目の前には四択から二択に減少した問題がある。片方が正解で片方が間違い。そしてその問題とは別の『問題』が、完成したはずの答案の上に、自分の意識を留めさせる。
満点がかかっている、のは分かっている。きっと他の問題は完璧に解いた、いや塗った。横文字の少ない暗記は比較的得意だ。実は一問も考えていないかもしれない。だから、一問くらいなら塗り間違えても良い。
……だからこそ、この解答を間違えても、これが『自分の解答』になってしまう。悔いを残さない様に考えろ最後まで!
何故こんな目に遭っているのか。自分達に付いた監視はなんと警察官。秒針の音と自分の溜め息が虚しく響く。
ーーッ図書カードが欲しい!!!
この気持ちにーー『も』、嘘はない。
渡された鉛筆を握り締め、本音と建前を抱えて歯噛みした。大人になっても、いや、だからこそ凝り固まって譲れない、価値観と命を賭しすぎた後の『こだわり』の話。
十五歳の夏に高校を選ぶ様に、十五歳の冬に高校を決める様に。十八歳になる春休み夏休み冬休み。次なる学び舎として、まず『自動車学校』を選ぶのはド田舎ゆえの宿命だろう。親よ頼む、まずは『普通自動車運転免許(MT)』が欲しい。
とは言えど残念ながら、当時の自分は自動車学校に通えず(と、それに絡む諸々は割愛し)、成人後数年が経過してから合宿免許。有給休暇すべてを注いだ連休、合宿先は意外な事に二十歳以上しか居なかった。
考えてみれば料金の安い十月、時期を選べる『大学生と社会人』だけしか居ないのか……。そんな事には後から気付いたが、まずは集まったメンバーを確認しよう。
地元ながらに合宿免許を許された観光地の花が三名、自宅敷地内での運転経歴を持つ黒縁の似合う社会人、毎晩酒を飲む内定確保済みの早い大学生、車はともかく船なら運転出来るこの年成人の離島居住者。
……ここまで揃うと毎日夕飯まで自転車で失踪していても、自分は平凡なものだと思う。ほぼ全員が無言の関係の計七人。年齢が近い気配を数名から感じつつも、合宿初日は微妙な距離感のまま進む。
ーー例の課題が出るまでは。
「仮免試験日までにこの問題集を終わらせてくださーい、PCのテストで九割の正解率にして、受付で試験許可貰ってくださーい!」
お疲れ様でしたー!
ピシャッ。
「?!」「えっ」「…………ぇ?( )」
……うん?『え』……?( )
地元の三名あたりから聞こえる重い響きの感嘆句、別の場所からは学科終わり疲れたを乗せた軽い溜め息、修飾語が逆に掛かった様なざわめき、どよめき。
音を立てたのは教室の扉かそれとも凍る空気か。もしや聞いていないぞ案件か。
教材を抱えながら思い返す。案内はサラっと流されておりますがーー実はそれ、合宿免許まとめサイトの学科紹介に書いてあります! もしや地元は案内無しか?( )
ともかく学科試験の前哨戦、戦いの火蓋は無情に切って落とされた!ーーさて初日、今日の夕飯は何かな!!!( )
そんな戦火から芽吹き、新たに始まるストーリーを『哀と友情の物語』という。少年向けバトル漫画には不可欠なものは、到達するべき目標に向かい『協力してひた走る仲間』、そして『山あり谷ありからの感動』。
夕食後、誰からともなく『落ちて追加課金(樋口一葉)は嫌だ』の旗を掲げた結果、夜の食堂は『道路交通法ガチ勉強会』の臨時常設会場に様変わりした。
夢よ叶え、目指すはハッピーエンド。
ーー…『 プロジェクト 伏せ字 』(、挑戦者達)。
未履修の道路交通法を独学最速で覚えようとする時、まず立ちはだかる問題にはこんな文章?などがある。
『交差点の中央とその付近』
『路上と路肩と路側帯』
『二本のセンターライン』
……昨日までの歩行者にとって、初めて触れる『道路交通法専門用語と謎の日本語』は案外手強い。ーー教えてくれ。句読点は何処なのか、真ん中は一体何処なのかを!( )
「『FFとFRとFDと4WD』……?」
「えっ説明なんもないね。ぐぐろ。」
それでも何日か繰り返し、PCのテストをクリアした。早々にクリアした裏切り者達の筆記用具は、酒に箸にと変わっている。ごはんと味噌汁はおかわり自由。今日はあさりでとても美味い。貝好き。好み。
「『ゼブラゾーンが安全地帯と言うのであれば、踏むべきか!踏まざるべきか! 』」
「「『それが問題だ』……ッ!( ) 」」
「駆動方式の説明は教本に欲しかったね。」
「しかも牽引にしか出題なかったね……。」
「…………ごめんここ教えてー!」
「ん了解。」
教本と問題集を広げる面々の前で、流石にゲームは出来なくて、そっと椀であさりの殻と遊んでいる。酒も味噌汁も飲み物である。
悩める視力の君は花々に囲まれる前に撤退したらしく、自販機に行ってから帰って来ない。
「ごめんこっちも聞いて良い?」
「はいはいー?」
『轍』←よめない。
「、わだち?」
「……わだち……って何?」
「っ(微妙にむずいな)ええと、」
そんなこんなでどうにか全員が学校独自の試験許可を手に、いざ仮免許試験。勝負!ファイッ!
せーーーのっ、
「「「っダメでした!」」」
まずは地元組から。食堂に集っていた二人が笑顔を咲かせてみせた。おめでとう!……残る一人は技能特化。筆記試験で泣く人を久しぶりに見てしまった、高校入試以来だろうか。……路上に出たら、技能はとても上手いと思う。
次にもう一人。船と車では仕様も法律もきっと違いすぎた。笑顔で爽やかに次と言える様子は素敵だが、スマートフォンからは『いつまでかかるかコール』が鳴り続く。笑えない。
……技能を突破するも辛くも二人が脱落。
プレモル毎日課金の現役大学生とマニュアル使いのカリスマ軽トラ乗りには壁が無かった。
学科満点は交通安全シールだったと話す笑顔と、骨太フレームの眼鏡が輝いていた。次は自分も運転頑張るよ、おめでとう!
あんまり要らないよねの言葉と仮祝い酒の言い訳を聞いた。……それでいいのか?でも幸せならおっけーです。うん、おめでとう!( )
という訳だ。最後の不合格者は自分である。
自動車を運転するのだから、知識よりも技能の方が大切だと思う。
……しかし、実は、初日、から。ずっと。各種技能の残念枠らしさを披露している。
一期一会の誰かに特定されそうで怖い。顔と名前とエピソード記憶は忘れてほしい。
そして自分にも、当時の職場から予定日確認?と思われる顔文字が届いていた。
|ω・)チラッ
翌々日、合格したのでよしとする……( )
|ω・)チラッ【https_URL_】
その後、何故かひとり頭文字Dを観たり、いや『頭文字D』を叶えるのに予習とイメージトレーニングは必要で。FDの正体が判明したり、「折角マニュアルなら!」と、嬉々として謎の技術の解説、時におすすめもされた。……これは名も無き挑戦者(達)の物語。
路上教習が始まった事により教習の皮を被ったマンツーマンの講習ーー観光案内や美味しい店の紹介、更に夕日眩しい逆光演出など、洗礼と接待の歓迎幅も広がった。
……イメージ映像が少年向けバトル漫画から、青年向けドラマ漫画に変わりそうである。
「気付くといつも居ないけど勉強?」
「運転の方が辛いって言ってなかったっけ?」
「難しそうだよね、マニュアル……( ) 」
そうなんですよ、実は初日に捻挫して。……とは返さない。仮免で伸びた有給と増えた費用問題が悩ましく、こちらの問題の方が辛い。後で三人には教習の悩みではなくお土産を聞こう。おすすめの賄賂はどの菓子ですか?( )
気遣いと優しさに返せる『赤い目』の答えが「隙間時間は漫画を読み、昼は自転車で観光、夜はソシャゲを回している。」なのは許してほしい。肝心の項目は黙して力無く笑え。
「事故るリスクはオートマの方が怖いと思う。踏み間違えてもエンストしてくれないし。」
にこっ( ) そしてボロが出る前に立ち去る。
……今日も地場産らしい米が美味い。おかわり自由。なんか本当にすまん。けれども嘘は吐いていない。エンストは安全装置である。
目薬を差した目を擦りながら宿舎に帰れば、夕飯に突然の小皿のおまけなどか発生した。眼精疲労の目で瞬く。そういう日もまぁ、あるらしい……( )
初日はやけくそ気味に幕を開けたが、合宿と運転自体は楽しみながら過ごしている。変速がとても楽しい!手元が暇にならない素晴らしさ!流れる景色と路面から拾う振動がとても佳い。うっかり赤信号で二段階停止をする程に。
本試験がかなり近付いているが、この日も三速での発進(そしてエンスト)をキメている。原付二輪でもないのに二段階停止はよろしくない。……問題はエンスト、ギアの戻し忘れのエンストだ。
年齢の近い教員からは笑い声を添えて「信号での停止時にギアだけ確認出来れば大丈夫ですね!」と、悲しき締めの定型文を言われ続けている。一応、その他は割と順調に教習は進んでいる。
にしても問題は問題だ。幾度となく登場するエンストと、着実に迫り来る試験期日。ついつい誰からともなく口にしてしまう……。
夕飯時の話題は少ない共通点になりがちである。ソーシャルゲームか観光か、進行中のプロジェクトか。……はたしてDなのかXなのか。
「今日もエンスト日和で困る。」
こういうことだ、もぐもぐ。
「あ。それ『安全確認よりも信号短い時のギアの確認が苦手』って言ってた話そのまましたら『今日も三速で発進してましたよ』って言ってた。」
「あはは!まじですかぁ……!( ) 」
唯一のMT仲間が反応してくれる。内容が駄目なのに話が面白い。口真似をする意外性も少し、いや、かなり面白い。……どっちも悔しい。面白い。
「ATはエンスト無いから余裕。踏めば進む。……知識からタイプだよね。」
「自覚ある……けど地元がド田舎で。」
「なるほどね。」
解析も理解も早い。まだ酒の入っていない現役大学生は強、……いや。飲んでいても酔っている所までは見た事無いな……?( )
「止まる前に30キロくらいでも一速にしてみたら?落として三速でもギア上げるし。」
「!!!ーーなるほどね?!」
技能残念者に起きる突然の革命。ある種のパラダイムシフト。このままシンギュラリティになってほしい……!白米の湯気にくもる眼鏡はさておき、暫定追加エフェクトが輝いて見える。仮免許のストレートクリア組はエリートか。これで上手く免許を取れたら運転時用眼鏡はスクエアっぽいフレームにしよう。……よし。
と。勝手にそんな決意をした翌日、MTとATの二人は先に合宿もクリア。……唯一のマニュアル仲間(と唯一のゲーム仲間)が消えてしまった翌々日の路上試験や如何に!( )
「『行ってらっしゃい!』」
送迎とローカル線等の関係で、ストレートクリア組の四人はまだ宿舎に居た。観光に冷蔵庫に布団に荷物の郵送に、そして技能試験に。目的地は違うものの各々の日程を祝福し、いざ、自動車学校からの路上。
アドバイスの効果もあり、恐らく『初日から残念な教習者』の黒歴史を残しつつも技能合格。紆余曲折の技能試験を『詳細は割愛』で乗り越えた。はず。
だから今生の別れも割愛しよう、お疲れ様!
一日後。お詫びと土産の菓子折を手に、運転時用眼鏡デザインの決意を胸に、舞台は地元付近のド田舎に。
「……ただいまド田舎。」
「おうおかえり」と応じるのは新幹線改札前の親、「まずは土産、ついでに荷物。頼んだ。」と、まずは怒涛の押し付けを図る。捻挫も筋肉痛も寛解まで。齢かな。
……この駅から自分の住処までは、車でおおよそ100分(途中下車無効)。そして運転免許センターまでは車で更に20分。朝イチでも駅から直にはお断りだ。お聞きください。
せーーーのっ「無理!」(ドンッ)
思い返して当時にそう言いたい。学科試験はまた明日にしよう。記憶は寝ている間に整理されるとかいう、それでは。おやすませなさい。
すべてを翌日の自分に丸投げ。後は脳任せで就寝して明くる日。公共交通機関を駆使し、免許センターに辿り着いた。
所持品は財布と身分証明、必要書類。きっと直前の付け焼き刃では国家免許と握手が出来ない。しっかり寝かせて仕込んだ記憶で挑む。作画だけは劇画の内心だ。トゥルーエンドはすぐそこに!本音は荷物重いのもういやだあるきたくない疲れ取れない。
写真撮影があるからスーツで挑もう。すべての儀式はまず形から。あとは首から上の偏差値任せ。色々どうにかしてほしい。51くらいはあると嬉しいまだ眠い。
困った時は『主語をぼかして祈る』に限る。ーー『頼む!』正装で乞う。これが自分なりの合格祈願。
山は上る為に、峠は下る為に、在る!
ーー過去と死神に討ち克て!( )
……そして冒頭の試験会場である。
秒針の音と自分の溜め息が虚しく響く。唯一の『問題』と共に記入の済んだ答案用紙。『問題』はあるが完璧なはず。でも『問題』が、解けていない。きっと『運命力的な何か』が足りなかった。
机に伏せて腕を伸ばせば、監督者の視線が刺さった様な。……いや。気のせいという事にしよう、そうしよう。左下方に視線を逸らし、そっと戻して目を閉じた。
こんな問題は見ていない、見ていない……!( )
Q.:自動車を運転していてる最中に、地震に遭遇した時はどうするべきか?以下の中から選択して答えよ。
A.:自動車は道の端に寄せて停め、エンジンを止め鍵を抜き、鍵は座席等の分かりやすい場所に置き、ドアのロックを解除してーー…
空欄は無く、抜かりない。
答案用紙は『確認する限り完璧』である。
ーー…
……………………………………、……が。
駄目だ、どうしても気持ちが悪い。眉間に皺が寄る。目が細くなる。口もつい尖り窄まる。
そうして残り時間が二分を切る頃、結局自分は『自分の』正解に答え直した。図書カードと自分のエゴの天秤が辛い。まさかの信仰が試されている。しかし何の信仰だろう?……ともかく、なんてえげつない問題なのか!( )
かつての幾つかの地震、その経験者としとは『車での避難を推奨』する。金属製の避難施設で広い駐車場のあるスーパーを目指すのがおすすーーめだけど、やっぱり図書カードは欲しい。何故満点限定の特典なのか!やめろ試験費用半額分の金券だぞ!!!?!悔しかろうが割り切れ!諦めて図書カー……ン。そして試合終了の鐘が響いた。
「終わっ、た、……。」
ーー運命力的な何かが足りないのである。
間違いなく!間違いなく合図書カードで満点ですね!!!そう自己暗示でごり押しをかけるも、震え声と悔し涙しかない。見る限り全て正解、しかし回答の要望は満たしていない。
一身上の都合で図書カードのチャンスを溝に捨てた。取り消して今日は不合格にしてほしい。また明日来て挑……いや経費と有給休暇が赤字になる、なんてことだ。もう正直に言う、二兎とも欲しかった。ーー受かれ!( )
幻影と理想の兎を追い、美味しい兎を逃した。
人は、氷、ばかり掴む……。
Q.:自動車を運転していてる最中に、地震に遭遇した時はどうするべきか?以下の中から選択して答、A.:ッ悠長な事をしてないで、そのまま車で避難しろ!!!避難先に屋根と壁があると思うな!徒歩?車を遺棄???端に寄せて停車?!しにたいのかおまえええええ!!!!!( )
ドラマチックな展開、ラストバトル。一騎討ちで終わる物語。『倒すべき敵』は、いつも『自分の闇や過去』である……。
っ、うわあああああ!!!本当に、本当にお願いだ。後生だから、試験は雪道と地震は無い問題で受けさせてほしかった……ッ!自分史の闇が強すぎる……!( )
そんな内心の苦悶は誰も知らず、無事に費用補填の無い免許証は発行された。……合格おめでとう、自分……。信念だけは貫いた。
黒いスーツで挑んだ証明写真は、表情と顔色が恐ろしい程に死んでいる。誰が死神で亡霊か、『最強のラスボス』とも手を取り合えた方が平和だろう……?!( )
有効期限日に黄緑色を乗せた、初めての免許証。発行日は『10月23日』。ーーそうか、今日は『地震の日』でしたか……。
そっといにしえに思いを馳せる。
仰ぎ見ようとした空は蛍光灯が眩しかった。ーーはぁ。天井は明るいな……( )
図書カードも欲しかった……。
トップ画像は悩める路傍の矢印をお借りしました、フォトギャラリーに共有ありがとうございます……!
たまに思い出話を書き残しています。他ノベルもどきと他小話もタグ『#ノベルる手帳』からよろしければ。このnoteよりは、今のところ、短いです……!( )