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プロローグ 「学校」をもっと自由でエキサイティングな場所に

東京都のある離島に、全校児童100名にも満たない小さな小学校がある。
青山が担任している4年1組は、この学校の中でもとびきりユニークだ。

この学級の学びの中心は探究学習。2019年3月19日にその発表会が行われた。彼らが2年間にわたって取り組んできた探究学習もこの日でひとまず終了となる。10歳の彼らにとって最後の探究テーマは「〇〇のプロになろう」。大勢の保護者も彼らの姿をひと目見ようと参観に訪れた。堂々と学びの成果を発表する彼らの姿はどこか誇らしげだ。

究極のたこ焼き作りを目指し、数ヶ月にわたってたこ焼きを探究してきた男の子は得意げな顔でたこ焼きを焼いている。その横で究極の唐揚げを揚げている男の子も真剣な表情。ちょっとつまみ食いが多いのが気になるが、その姿はなかなか様になっている。彼らの周りに心配そうな顔をした保護者が集まっているのもほほえましい。
ペアで卓球の技を探究してきた二人組は、自分たちの成長をユーモアたっぷりな動画にまとめた。みんなのウケも上々で満足そうな表情をしている。
魚のさばき方を探究してきた女の子は、プロ級の腕を持つ父から教わった魚さばきの様子を動画にまとめてきた。参観者から思わず感嘆の声が上がる。「その動画くださーい」保護者からも思わす声が上がる。
スケボーの技を探求してきた女の子は、同じくバスケットボールの技を探究してきた女の子と協働して学習を進めた。ノートいっぱいに調べたことをまとめ、数々の技を成功させた動画は好評を博した。
イタリア料理を探求した男の子は、学校で家で何度も試作を重ねた。最終的に「ニョッキグラタン」の作り方を2分の動画にまとめた。その編集はまるでYouTuber。彼はこの探究学習をきっかけに、小学生YouTuberとして数々の動画を世界中に発信していく。

実は、この活動を陰で支えてくれていたのはまぎれもなく保護者の皆様。彼らの学びを支えた一番の伴走者だ。思いつきで行動しがちな担任の理念を深く理解し、2年間にわたって子どもたちを共に育んできた同志だと思っている。(保護者との関係性については後で詳しく書く)

一言で言うならこの学級の日常は「自由」であり「エキサイティング」だ。
彼らは10歳にして驚くほど自立して学び、豊かに学び合う。彼らが生き生きと学びに向かう姿を見ていると、子どもは本来学ぶことがが大好きなのだということを再確認させられる。

彼らが主体的に学ぶ姿が見られるのは探究の時間だけではない。
算数の時間、この2年、自由進度学習という方法で学んできた。彼らはICT機器を駆使してどんどん先の範囲まで学びを進める。国語の学習では夢中で作文に取り組み、次々とユーモラスな作品を仕上げていく。社会の学習では自分たちで島中の商店や工場に電話をかけ、主体的に見学・取材を行う。総合の学習では、自分達で薪を割り、火を起こし、ベーコンの燻製を作る。自分たちがずっと描きためたイラストをデザインした「LINEスタンプ」を作成して販売したこともあった。

そして、今年の彼らが一番力を入れて探究してきたのが音楽の時間。(音楽×総合の探究学習)音楽の先生もなかなか個性的な人で、「クラス全員でバンドを結成したい」という彼らの思いに全力で応えてくれた。彼らはその先生との音楽の時間が大好きだ。彼らが夏前に選んだ曲は「WANIMA」の「シグナル」。数ヶ月の練習で完成させた演奏は10歳そこそことは思えないレベル。島の夏祭りのオープニングイベントで披露し、島中の人々から拍手喝采を浴びた。お揃いの手作りTシャツに身を包んだ彼らはその夏誰よりも輝いて見えた。

この学級ではずいぶん前から宿題は出されていない。担任が宿題を廃止したからだ。それでも彼らの「学力」は驚くほど高い。(教科平均は5〜10ポイント高く、読解力は20ポイントも高い)そして、何より学習している時の彼らはとにかく楽しそうだ。

一体、この学級では何が起きているのだろうか。

■サークル対話がすべての土台

この学級の朝は一般的な学校とはずいぶん様子が違っている。朝のチャイムなどはもちろんない。子どもたちは大人しく着席していない。思い思いの場所で読書をしたり、絵を書いたりしている。外で元気に走り回っている子もいれば、オリジナルのカードゲームやすごろくを制作中の子もいる。(そのゲームもなかなかのレベルだ)

決まった時間になると子どもたちは教室の一角に作られたサークルに集まってくる。友達とじゃれ合っている子。朝からなぜだかテンション高めの子。ちょっと眠そうな子。機嫌が悪そうな子。サークルの始まりはいつもそんな感じ。

サークルと呼ばれるこの場所はこの学級にとって特別な場所だ。カラフルに塗られた椅子がキレイな円になるように並べられいる。

隣りの子とヒザが触れ合うか触れ合わないかの絶妙な距離。担任ももちろん同じ輪の中に座る。席は決められていないので、子どもたちは毎日思い思いの場所に座る。
「おはよう」「おはようございます」
「体調はどう?元気?」「ちょっと眠いかな」
どの席からもみんなの顔がよく見える。穏やかな雰囲気で朝のサークルが始まる。

サークル対話と呼ばれる朝の時間。司会は特に決まっていない。自然と会話が始まる。この日の話題は前の週のキャンプのこと、週末に髪を切ったこと、朝からお母さんとケンカしたこと、朝食のメニューなどなど。それから話題は自然と「週末の出来事(おもしろかった編)」の報告会となる。笑顔が増え始める。笑い声が弾ける。不機嫌そうだった子も少しほほ笑んでいる。

連休明け、月曜日の朝イチ。ちょっと硬かった雰囲気が、どんどん柔らかくなっていく。氷が溶けていく感じ。まさにアイスブレイク。担任は子どもたちの会話に時折あいづちを打ったり、簡単な質問をしたりする。必要最小限のことを穏やかな口調で話すだけだ。あっという間に約10分が経過。みんなが話したいことを話し尽くしたところで「今日のタイムテーブル」をみんなで確認する。(「朝のサークル」でその他に取り組んでいるのは「しりとり」「クイズ」「絵本の読み書きかせ」「時事問題についての意見交流」など)

毎日のタイムテーブルは、あらかじめ気がきく子がホワイトボードに書いてくれている。ホワイトボードに全員の視線が集まる。担任は穏やかな口調で話し出す。「算数の自分の課題は分かってる?いつものように進めましょう。解説動画は次の単元まで作っといたのでよろしく。国語は研究レポートの続きなんだけど、計画通り進んでいるかな?アドバイスとか欲しい人いる?いたら声をかけてくださいね。あと、昼休みに代表委員会があるので…」

子どもたちの雰囲気がちょっと変わり始める。学習モードのスイッチが入り始める。今日一日の流れを頭の中でシミュレーションして、自分のやるべき課題をイメージしている感じ。「よし、じゃあ今日も一日はり切っていきましょう」子どもたちは一斉に立ち上がり、思い思いの場所に散っていく。さあ、新しい一日が始まった。

この学級にとってなぜ「サークル」が特別な場所なのか。
数年前から青山の学級は「イエナプラン」の理念によって運営されている。(イエナプランの理念については、この続きを読み進めていくうちに少しずつ理解が深まることを期待しつつ書き進めていきます)「イエナプラン実践ガイドブック」には、「サークル対話」について、

ファミリー・グループのメンバー全員が円座になって行うサークル対話は、ファミリー・グループを、本当のファミリー(家族)のように信頼関係のあるチームとして育てていくうえで、なくてはならない大切な活動です。サークル対話では、グループ全員が、綺麗な円形を作って座ります。(中略)どの子も全員がほかの子の顔、すなわち一人ひとりの表情が見えるようにして座ります。お互いがお互いの表情を見ながら、相手の今日の気持ちを感じ取りながら、会話できる状況を作って行います。「イエナプラン実践ガイドブック」(44頁)

と書かれている。朝の自由サークル、帰りの振り返りサークル、学級の問題をみんなで話し合うクラス会議サークル、新しい学習のインストラクションを行う前など、少なくとも1日3回以上はサークル対話が行われている。全ての発言が主体的なものになることを目指し、こちらから指名しての発言はほぼ行われない。また、発言者の発言は途中で遮られることはなく、どれだけ時間がかかっても全員が終わるまで待つことが奨励される。そして、発言者の意見は決して否定されたり嘲笑されたり罵倒されたりしない。毎日繰り返されるこのサークル対話を通して心理的な安全性が確保され、民主的・対話的な学級の文化が醸成されていく。(この文化は全ての教育活動の土台となる!)

朝、子どもたちが登校してから朝のサークルが終わるまで約45分間。この学級では他者から一方的に言動を決められたり制限されりすることはない。担任の存在感は驚くほど薄く、子どもたちはその存在を意識していないようにさえ見える。あくまでも「自由」が根本にある。自分の言動は自分で決める。その根底に流れているのは「子どもたちは一個の人間として尊重され、信頼されている」という揺るぎない理念。だからこそこの学級の子どもたちは安心してありのままの自分でいられる。本来子どもは、どこまでも自由でエキサイティングでユーモラスだ。

■学級に「〇〇しなさい」はいらない

朝のサークルが終わった子どもたちは1時間目の算数の準備を始めている。今週の計画表を確認している子。本棚にポートフォリオのファイルを取りにいく子。友達とおしゃべりをしながらパソコン室に向かって歩き始める子。鉛筆を削っている子。

昨年から算数の時間はパソコン室を使って行われている。多くの小学校で一般的に行われているような教師による画一的な一斉指導は行われていない。その代わりに子どもたちは「自由進度学習」「PBL」などの方法で自立して学習を進めている。ICT機器も使いこなす。
担任は子どもたちと楽しくおしゃべりしながらパソコン室に移動する。規律正しく整列して黙って移動するわけではない。公立学校でよく徹底されている「整列して移動すること」は手段であって目的ではない。「他の人の迷惑にならないこと」さえ守れていれば、教室の移動なんてのは「どんな方法だっていいから自分で考えて」というのがこの学級の考え方。今の時代、規律正しく整列して黙って移動する場面など、学校教育以外ではほとんど見られない。(どんな場所で見られるか考えてみてほしい)

パソコン室に着いた子どもたちは、できるだけ早く(1分以内に!)学習に取り掛かることが求められている。これは子どもたちと作り上げてきたルールの一つ。なかなか学習に集中し始められない子が、他の子の学習を阻害してしまうことを解決するために子どもたちと作ったルールだ。すぐに心地よい静けさの中で算数の学習が始まった。

朝から担任は一度も「〇〇しなさい」という発言をしていない。それどころか指示らしい指示は皆無だ。一般的な学校で考えられる教師による指示を想像してみると…「座りなさい」「朝の会を始めましょう」「ホワイトボードを見なさい」「算数の準備をしなさい」「並びなさい」「静かにしなさい」などだろうか。多くの学校ではこんな声が一日中聞こえていた気がする…。

学校という場所に慣れていない子ども(例えば1年生など)に対してこのような指示が必要だというのは理解できる。しかし、残念ながら日本の多くの学校では6年間、彼らが小学校を卒業するまで同じような指示が繰り返されている。(いや、中学校3年生とか高校3年生までかもしれない…)その結果が「受け身」で「自分で思考しない指示待ち人間」の大量生産につながってはいないか。

子どもたちは有能である。彼らは目的を考えて適切な行動を選択することができる。だから「ルールなどいらない」と言っているわけではない。集団で生活していく以上、民主的な手続きでルールが作られることは必要だ。我々が意識すべきなのは、教師による安易な「〇〇しなさい」という指示「目的」と「手段」をはき違えたルールが子どもたちが自ら考えて行動する可能性を奪ってしまっているということ。この学級で見られるナチュラルで主体的な子どもたちの姿は、安易な「〇〇しなさい」理不尽なルールを丁寧に取り除いてきた結果でもあるのだ。

■思い思いの場所で「自分だけの課題」に夢中で取り組む子どもたち

パソコン室で始まった算数の時間。担任は歩き回りながら子どもたちの学習の様子を見守っている。担任は何を見て何を考えているのだろう。

(全体の2/36ほど書きました。この続きは公開せずにじっくりと時間をかけて書こうと思います。夏までに完成させたいなぁ)

第1章 古いマインドセットをリセットしよう

■ 伝統的な教育では不十分だから
■「従順であること」はいらない
■ 学びの「全体像」を掴ませる、「宿題」をなくす
■「ロードマップ」と「ポートフォリオ」で思い思いに進み始める

第2章 オーダーメイドの教育の可能性

■「標準化」は過去の遺物だ
■「今日から宿題を廃止します」の衝撃とは?
■ 驚くほど学び始める子どもたち
■ 全く学ぼうとしなかった子どもたちに起きた変化とは?

第3章 いよいよ自由進度学習を始めよう

■「時間ベース」から「到達ベース」への転換
■「協働的な学びの文化」がベースになる
■「自分だけの時間割」をつくるということ
■ 教師の「インストラクション」は必要に応じて(オンデマンドで)
■ iPadで算数の教科書全ページ分の解説動画を作成(YouTubeにアップ)
■ もはや「学びの場」は教室だけではない
■「先生、単元テストを2種類用意してください」という発言の価値
■「リフレクション」と「フィードバック」が学びの質を高める
■ 単元内自由進度から完全自由進度へ
■ 算数、全員オールAということ

第4章 国語、社会、総合でも自由進度学習

■ 国語の自由進度学習は協働的に学ぶ
■ 社会の自由進度学習はPBLで学ぶ
■ 総合的な学習の時間は探究的に学ぶ
■ もはや、時間割に教科の枠さえもいらなくなる?

第5章 新しいパラダイムにおける学校

■ 新しいパラダイムにおける「教師」の役割
■ 新しいパラダイムにおける「子ども」の役割
■ 新しいパラダイムにおける「保護者」の役割
■ 三者をつなぐオーダーメイドの時間割(計画表)というシステム

第6章 実際に新しいタイプの学校を見てみよう

■ MNCS
■ サミット・パブリック・スクール
■ 大日向小学校
■ モンテッソーリ教育

エピローグ 学級から教育の破壊的イノベーションを

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