なるほど人間関係が苦手な理由はこれか
身体がハード(ゲーム機やPC)だとすると、
心はソフト(ゲームソフトやPCのソフトウェア)だ。
超内向的人間(※MBTIでは96%内向だった)の私は、基本的に心がいつも
・自分の感情、体感覚
・今ここ(自然の移ろいに見惚れたり、動物を観察する)
・過去の出来事(嬉しかったこと悲しかったこと)
・帰って何しようかな~みたいなこと(アイディア)
などで満たされている。
意識しない限り、私の心の世界に
他者や世界情勢のことは存在しない。
他人と会う時には、
あらかじめ「外向モード」のアプリを
心にインストールしておく。
そうすることで心(ソフト)が
他者に対して正常に起動してくれる。
だから一応接客業も出来たりする。
しかし家に帰って一人になると、
アプリは即効、自動的に
アンインストールされる。
困るのが、外向モードアプリをインストールしていない時に他人に会うことだ。
たとえば犬の散歩。
日によって知り合いに会ったり会わなかったり、
いきなり初めての人と話すことになったりする。
何も意識していないと私の心は内にしか向いていないので、
突如私の世界に入って来た他者に対して誤作動を起こす。
これがいわゆるコミュ障の仕組みだと思っている。
一応大人なので、
咄嗟に挨拶や社交辞令で取り繕うことは出来るが
低気圧で体調がすぐれなかったりすると
ものすごくぎこちなくなってしまう。
私がぎこちないと、
向こうもやはりぎこちなくなる。
それがすごく申し訳ないのだ。
たとえば一人で皿洗いをするなら、
身体さえ動かしていれば
心は内向きでも何の問題はない。
しかし対人となると、
向こうから反応が返って来る。
何らかの理由(気圧や体調不良、心配事がある時など)で相手に対しての「真心」がセットされていないと、
返って来る反応もそれ相応のものになるので
自分がダメージを受ける。
そんな自分を以前のように嫌悪することはなくなったが、
それでも流れるように初対面の人と会話できる人を見ると
羨ましく思ってしまう・・・。隣の芝生は青い。
このモヤモヤはきっと一生解決しないだろう。
「もっと他人に興味を持て」と言われたこともあるが、
プライベートでまでそれをやると
ガンガンに疲れてしまったので無理だった。
自分にもするべきことはある。
体調と心さえ整えていれば、
他者に対して自然と真心をセットすることが出来る。
その方がお互いに別れた後の後味も良い。
でも、もちろんそれも完璧にはいかない。
どんなに気をつけても乱れることはある。
そういう時はひたすら自分を許すしかない。
猫になったつもりで何も気にしなければいいのだが、
私はそれも出来ない。
相手に少しでも良い気持ちになってもらいたい、
対人面で少しでも成長したいと思ってしまうのは
完璧主義の悪い癖なんだろうか。葛藤は続く。