読書まとめ『思考からの逃走』→自由で失敗できない時代の意思決定を考える
『思考からの逃走』岡嶋 裕史
一言でいうと
自由で失敗できない時代の意思決定を考える
概要
シンプルかつセンセーショナルなタイトルに惹かれて読んでみました。主テーマは、AIを始めとしたテクノロジーの発達と、人間の意思決定の共存について。SNSや監視社会などもキーワードとして登場します。
興味をそそられたところを、3点でまとめました。
① 自由になりすぎると不自由になる
自由主義・個人主義が広まり、取りうる選択肢が多くなりました。しかし、多くの選択肢の中から苦労して自分で選択するのは、決してラクではありません。誰かの選択に従う方がラクです。就職先をAIに相談したい学生が増えているのは、優秀でバイアスのかからない(と思われている)AIに意思決定を任せることでしんどさや自らへの責任から逃れることができるからと論じられています。
また、SNSの普及などで、自分の行動が視える化されたり、記録が残ったりするようになりました。前世紀の雑誌上での発言を批判されて五輪から消されたミュージシャンの例が記憶に新しいですね。答えがないのに選択肢は多くなった現代では、自分で選択することを避けつつ、誰かの選択を批判するのが最も易きに流れた道です。
上記2点が「自由になりすぎて自由を失う」状態であり、自由主義・個人主義を謳歌できるのは、能力や資源のある人だけだと論じられています。また、本書後半では、社会に浸透していくAIに対して、逃げずに考え続けることの重要性が説かれています。
重大な意思決定やクリエィティブな仕事については、人がAIよりも優れている点だとされてきました。しかし、それらは往々にして重労働であり、人がそれらを外部化してラクをしようとするのは自然な発想です。今後のAIの発達状況によっては、AIが意思決定、人が単純作業する時代になるかもしれません。
② SNSは意思決定を支えるインフラに
SNSにレコメンドされて買っているのは、商品ではなく、承認や賢い決定だと論じられています。モノだけでなく本や映画についても、SNSで他者のレビューやネタバレを見てから本編を見ることが広まっているそうです。自分のお金や時間を使うに値するか、SNSで他者の選択を見てから判断することで、失敗を避けようという意識が働いています。これも自分で意思決定することから逃れようとする行動のひとつといえます。
SNS世代にとっては、選挙の投票よりも、SNSでの商品レビューの方が、より社会に影響を与えていると言えます。自分の行動が社会を変えているという実感が持てるかどうかは、自己肯定感に影響してくるそうです。
テレビや雑誌など既存のマスコミも、SNS上での炎上事案を報道するようになりました。著者はこれを「マスコミによる叩きの承認」だとしています。SNSが突きつけるYES/NOに対して、マスコミが追随する形で強力な後押しをする構図です。
③ 恐怖から安心へ、「紳士的な監視」の社会
AIの普及によって具現化するのが「監視社会」です。AIは大量のデータをリアルタイムで必要とするので、AIを有意に動作させようとするほど、必然的に監視されたような状態になります。
地域コミュニティの崩壊などによって、監視に対する印象は、恐怖から安心・便利へと変化しました。自治体・企業は善意でのデータ収集を呼びかけ、人々もそれを受け容れています。その関係性を、著者は「紳士的な監視」と表現しています。
現代において、スマホほど便利な監視装置はありません。充電もデータ送信も、ユーザ自身が対応してくれますからね。新型コロナウイルス対策で接触検知アプリが各国でリリースされ、善意での利用が呼びかけられました。行政や開発企業は、ユーザの行動をトレースできる権利を正当に得たことになります。感染収束後、その既得権がどこに向かうかは注目すべきです。
中国では「天網」というAI監視カメラネットワークが稼働しており、人々の信用スコアが可視化されているそうです。新型コロナウイルスの早期抑え込みに貢献したとも言われていますが、基本的には犯罪者の検出に使われるそうです。自分の周りでこういった監視システムが現実化したら、意思決定・行動をどうするべきか、考えさせられる内容でした。
いつも図書館で本を借りているので、たまには本屋で新刊を買ってインプット・アウトプットします。