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海風と週末のおしごと
「パパー、急にごめん。今熊本市内にいて、一泊だけそっち帰るわ!
サクラマチからバスに乗るけん、後でバス停まで迎えに来てほしいな」
珍しく息子から電話があった。
どうやら昨日の夜、市内で高校時代の友人の誕生日パーティーが開催されたようで、せっかくだから週末は家で過ごそうかと計画したらしい。
私もたまたま連休なので少しは息子とゆっくり出来るなぁと、楽しい週末になりそうだ。
息子は小さい時からどこか変わっているというか律儀と表現する方がいいのか、出かけると必ず甘いお菓子を買って帰る。
自分が大好きなチョコや和菓子、定番のケーキの日もあれば、流行りやブームを先取りしたスイーツの時もある。
二十歳を過ぎてからは、
「今セブンにいるけど、お酒とかいらない?」
と、デザートに加えて食前酒も用意してくれるようになりとても頼もしくなった。
実家の近所、歩いて五分くらいのところに昔からの馴染みの〇〇商店という小さなお店がある。
お店の前にはガチャポンコーナーや自動販売機もあって、近くにはパイプ椅子とテーブルも置いてあり、小さい子供たちのちょっとした憩いの場となっている。昔はゲーム機も数台設置してあり、古き良き、懐かしい駄菓子屋さんといった独特の雰囲気と趣きが漂っている。
たまにお店に入ると古いプラモデルやラムネが無造作に並べられ、なんとも言えない不思議な香りで、あっという間に少年時代にタイムスリップしてしまうような錯覚になる。
私が幼い頃からずっとレジに立つおばさんも、今ではかなりの高齢ではあるが、今なお現役中の現役で、少しも色褪せない至福の笑顔でいつもニコニコ笑って世間話をしてくれる。
お客の年齢、学年、名前はもちろん学校や勤務先など全てがその頭にインプットされており、みんな必ず名前やニックネームで呼んでもらえのがとても心地良い。
そしてこのお店は、近所の幼い子供が初めてお買い物をし、お金の受け渡しを学ぶ最初の学校の役割を持っている。
親に連れられ、最初は一緒に商品をレジに持って行き、不思議そうにやりとりを眺めながら目で覚える。次はひとりで挑戦する為に、子供もいつになく真剣な眼差しである。
私の買い物デビューは、それはそれはほろ苦いものだった。
母に連れられお店に行き、自分の食べるお菓子をいくつか選び、いざ初めてのレジだったけれど、何を思ったのか、緊張した私は商品を手に抱えたままポケットの小銭を全部カウンターに無造作にばら撒き、そのまま一目散に店の外に走って行った。
母が慌てて追いかけて来るのが分かった私は泣きながら家までダッシュをし、トイレの中に駆け込んで鍵を閉めた。お金はきちんと払ったにも関わらず、なぜか泥棒のような気持ちになり、怖くなって無我夢中で走っていた。
母親の方がびっくりだったに違いない。
きちんと精算を済ませたあと、私を追って家まで帰り、長年の直感でトイレが怪しいと目星をつけ、ドアをノックする。
私は頭がパニックになり、なぜか大泣きしながらやっとトイレの外に出る。
母は怒るどころか大笑いしながら、
「一番初めにしてはよくお買い物出来たじゃないの?今度はおばちゃんにちゃんとお礼を言ってからお店を出るようにしようかね。そしたらもうひとりでお買い物に行けるね!」
と、優しく言ってくれた。
私はやはり大泣きしていて、晩御飯の時も、さっき買ったお菓子を食べる時もずっと泣いていた。
なんで泣いていたのかよく分からないけれど、きっと悔しさや悲しさ、嬉しさやありがたさなど、いろんな気持ちが複雑に入り混じっていたのかも知れない。だから小さな子供が大声で泣いている姿を目にすると、いろんな感情があって、ごめんなさい、ありがとう、そんな子供心をどうにか誰かに伝える為に泣いているんだろうなぁと、少し温かい気持ちになってしまう。多分私もそうであったはずだから。
さて私の息子も同じようにこのお店で生まれて初めてのお買い物の挑戦を試みる時期となった。
ちょうど今のように梅雨の時期で、長靴を履いて傘をさし、紫陽花の親子のように鼻歌を歌いながらお店へと向かった。
息子の友達もお父さんに連れられお店に来ていた。幼馴染のゆうちゃんは、お買い物デビューが数日早く、その点では息子の先輩にあたる。
ひとりでレジに立つ大先輩に感化されたのか、
「パパ、おれだってひとりで買い物出来るばい!アイスを出して、おばちゃんが言ったお金を出せばいいんでしょ?保育園で覚えたけんやってみる!」
お、頼もしいなぁ、自分のデビューの日は泣き虫だったなぁ、と回想しながら息子にお買い物を任せ、私と娘の分のアイスを頼んでお金を渡した。
雨の中先に帰って新聞を読んでいると、あれま?なかなか息子が帰って来ないことに気がついた。近くだし心配するほどではないし、もう少し経っても戻らないようなら様子でも見に行こうかな、そんな風に考えていた。
小一時間ほど経って、やっと息子が帰って来た。
「お買い物出来た?ゆうちゃんと遊んでたんでしょ?あ、アイス、ありがとうね。」
そう言う前から、なぜか息子は泣いている。
袋に入っていたふたつのアイスは見事なまでに溶けていた。
詳しく聞くと、お店を出たあと、幼馴染のゆうちゃんとアイスを食べながら話をし、そのままベンチやお店の周りで遊んでいたらしい。
慌てて帰る頃にはアイスが見事に溶けてしまっていたようだ。
「いいよいいよ。このアイスはさ、こうやってシャーベットみたいにしてガラスのお皿に写して食べたら美味しいんだよ!ね、わかな。ちょっとスプーン持って来てくれる?」
そう言ってなだめると、いつの間にか息子も泣き止んでいた。
私は夜まで泣き止まなくて、じいちゃんやばあちゃんまで慰めに来てくれるほどであったから、息子は私より優秀だな、と思いながら形の変わったアイスを三人で食べた。
それは懐かしくてほろ苦い(甘い)味がした。
そんな息子も二十歳になり、だいぶ逞しくなった。
お酒も私より強いし、どうやらタバコの味も覚えたようだ。
クラスで一番小さかったけれど、高校に上がる頃から身体も随分と大きくなり続け、靴のサイズを探すのに苦労をする。
散歩に出かける時はいつも私の後をちょこちょこついて来ていたのに、今では大きな背中を私が追いかけている。
親として教えることはもうないのかも知れないが、
「パパはあなたの親でいられて本当に幸せだよ」
という気持ちを、この背中で伝えていければいいなと思う。
いつの間にかお日様が顔を出しているので、海を見に歩きに出かけた。
桟橋から下を覗くと、カワハギやアジの子供が楽しそうに泳いでいた。
もし生まれ変わり、何かの運命の悪戯に翻弄される人生であるとしても、またこの子の親として生きて行きたいと思った。
父子家庭、片親ということで、子供たちにはたくさんの苦労をかけて来たのには違いないけれど、もし同じ人生を歩むとしても、私はもう一度でも何度でも、この子の親でありたいなぁと思う。
息子のタンクトップから、カルバンクラインの香水と、タバコの香りが海風と共に流れてくる。
「あ、今日の晩御飯さ、ラーメン食べに行かんね?しゅんが急に帰って来たけんさ、お買い物してないんよね。そんでさ、明日、あの駄菓子屋さんにちょっと行ってみようか?」
「お!いいね!懐かしいね。うまい棒大人買いしよかな。よし、ラーメン楽しみ。替え玉三回は余裕かなぁ」
ん?娘から着信だ。
「あ、パパ、明日そっちで友達と会う約束したけん、今から帰る。サクラマチからバスに乗るけん、バス停まで迎えに来てくれる?」
やれやれ、
もし生まれ変わったら
大型免許を取得して
バスの運転手さんになろうかなと
海鳥を眺めながら心に誓った。
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![ぞうさん。](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/94744485/profile_e84dc6478ffd3c4a4bb2a0d7ef590a74.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)