ゆびきりげんまん
昨日は天気も良く春日和だった。
駐車場のポールに繋がれ飼い主さんを待っているいつもの愛くるしいパグの親子も、気持ち良さそうにじゃれ合っていた。
私の勤務しているお店もそのおかげかお客様も多く、朝からずっとてんてこ舞いであった。
私はあるドラッグストアにおいて、登録販売者として勤務している。
お花見や歓迎会などの影響か胃薬などがものすごく売れているので、そのデータを収集し売り場の変更の為パソコンに向かっていた。
「あ、すいません、ちょっといいですか?」
とスタッフが慌てた様子で呼びに来た。
「どうかしました?」
と尋ねると、どうやら小学生位の男の子が膝に怪我をして、お店のスタッフに助けを求めたらしい。
そのスタッフもどうしていいのか判断が出来ずにとりあえずは医薬品担当の私のところへ来たという訳であった。
私は白衣は着用しているが、お医者さんや薬剤師さんではないので、怪我や病気の診察や治療といった行為は法律上禁じられている。
スタッフに男の子の様子を聞くと、自転車から転げて擦りむいたらしいので、それなら応急処置は出来るし、もし何か大変な状況ならば店長に相談をして指示をもらおうと考えた。
急いで男の子のところへ向かうと、なるほど左足の膝を擦りむいていて、血が出ている。転んだ際に大きく打ったというよりは滑って傷ができた感じで傷自体はそれほど深くなさそうだった。
「歩ける?こっちおいで」
と男の子をバックヤードに連れて行き、手洗いと消毒をし、しゃがんで傷を確認すると、転んだ時に砂や小石がたくさん付着したようだった。
「お水で軽く洗うけど大丈夫?」と聞くと
「うん!!」と頷いた。
清浄綿で軽く拭き、消毒をして傷パワーパッドを貼ってあげると、男の子は笑顔になってお礼を言ってくれた。
手当をしている間、少し話をした。
男の子は小学校三年生で、今日は家で待っている一年生の妹の為にパンとお菓子を買いに自転車でやって来たらしかった。
ここに来るには二十分かかったそうだ。
お買い物が済んで、慌てて帰ろうとして転んだようだった。
「おつかい偉いね?」と言うと、
「うん!」と、また頷いてくれた。
お父さんはいなくて、お母さんと妹と三人で暮らしていること。
今日はお母さんが夕方まで仕事なので、家で妹と二人でお留守番をしていること。
帰ったら妹の宿題を手伝う予定であること。
いつもならおばあちゃんが来てくれるはずだったが、今日は用事で来れなかったこと。
夕ご飯の前に妹がお腹が空いたと言ったので、二人でお小遣いを出し合って買い物にやって来たこと。
妹はアイスを欲しがっていたけど、暑くて溶けるからパイナップルゼリーとパイの実とクリームパンを買ったこと。
そんなことを話してくれた。
やがて一応の応急処置が済むと、痛みはまだ少しあるが、脚も動かせるし自転車にも乗れるようだった。
「あ、血が止まった!おじちゃんすごいね!ありがとう」
と無邪気に笑ってくれた。
「ありがとう」
と無邪気な笑顔で言われたことが素直に嬉しくて、春の陽気のように心の中がぽかぽか温かくなる気がした。
「妹ちゃんの為に遠くから自転車で来たなんて君の方が偉いよ!」
と言うと、まぁね、というような素振りで得意気に鼻を膨らませた。
「カッコいいけんさ、高校生になったら、このお店でアルバイトしてくれたら嬉しいな。そしたら助かるんだけどな。お店の中を見てん。お客さんいっぱいでしょ?忙しくて人も足りなくて、目が回りそうやし、おじさんそのパン見てたらお腹減ってきたよ」
そうふざけて言うと、
「おじさん、それまでここにいてくれるの?
辞めたりしない?」
と真剣な感じで聞いてくる。
私も少しカッコつけて
「もちろん。ずっといるよ!おれが採用してあげるけん」
と答えると、男の子はまた笑ってくれた。
そして少しだけ足を庇いながら、走って表へ出て行った。
見送るために外へ出ると、夕暮れの中に自転車は消えて行った。
家では可愛い妹が、ヒーローの帰りを待っているのだろう。
私はまたひとつ、仕事を続ける理由が増えた。
あの男の子が凛々しく心優しいオオカミのように大きく逞しくなる頃、私は今よりシワなんかも増えていて、あの大好きなパグのような顔になっているかも知れないけれど、ちゃんと覚えていてくれるだろうか?
それなら嬉しいのにな。
と、春の夕暮れの中を
自転車に乗って帰っていく男の子の後ろ姿を見て
私はふと思った。