多和田葉子さん『献灯使』(講談社文庫)読了。
多和田葉子さんの本を初めて読んだのは2020年5月のことで、それがどの作品かというと『地球にちりばめられて』(講談社)だった。前々から気になってはいたのに、学がないわたしに読み切れるだろうかと不安で手を出していなかった。続編の『星に仄めかされて』の単行本が刊行されたタイミングで、えいやっと手に取った。これが大正解だった。
こんなに素晴らしい作家を、世界よなぜ隠していた! と憤慨したものだが、単にわたしが知らなかっただけで多和田さんはずっと存在していた。知らないままでいたいこともたくさんあるけれど、知れたら喜びがあふれることもあると改めておもった次第である。
『地球にちりばめられて』を読んだ際の感想を、こう書いていた。
その後『星に仄めかされて』を購入し、それも楽しく読んだ。その感想ではこう書いている。
こんな風に新しい世界を見せてくれた多和田葉子さんの『献灯使』とやらが、これまたわたしの琴線に引っかかる。そうおもってのんびり探していたら、せんじつぱっと見つけたので購入した。
収録作品は、
献灯使
韋駄天どこまでも
不死の島
彼岸
動物たちのバベル
ページ数の5分の3くらいを『献灯使』が費やしており、短編よりは中編と言っていいのかもしれない。この『献灯使』が強烈で、目の前が眩しく一気に読み進めることが難しいほどだった。
そこから続く義郎の心中のセリフがまた眩しくて熱い。
このように生命力が漲る一方で、希望なのかそうではないのかの判断を個人に委ねられていると感じる物語は続く。萎みも張り切りもしない一定のテンションで語られる作品世界の仕組みを読み進めながら想像していくと、この世界はどう変化していくのかまったくわからなくなってしまった。
そのほかの短編(掌編?)も、誰の味方でも敵でもないディストピアが描かれ続ける。不思議な輝きと切ない楽しさを感じた『韋駄天どこまでも』、失い損ねたものの手触りが生々しい『不死の島』、地面にのめり込むように読んだ『彼岸』、現実とフィクションの分かれ目を必死に探さざるを得ない『動物たちのバベル』。どれも存在感がある小説ばかりだった。
多和田葉子さんの作品は近年発表されたものしか読んでいないので、もっと遡ってたくさんの作品を読んでみたい。わたしに読めるだろうかという心配はいまだにあるが、そこはこれまで読んだ本のちからを借りて少しずつ進もう。
書籍のリンクを貼るのに検索をしたら『献灯使』の特集ページがあった。
これを投稿したら読んでみたい。