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今日ときめいた言葉66ー「心のケアが難しいと感じた国があります。それは日本です」

(2023年8月10日付 朝日新聞 「心のケア 苦手な日本」精神科医 桑山紀彦氏の言葉から)

国内外の紛争地や被災地で30年以上も心のケアをしてきた桑山氏の言葉である。

なぜ日本では、心を支えにくいのかー
「日本の社会がずっと、トラウマを『触れてはいけないもの』として扱ってきたからでしょう」と言う。

「日本では、心に傷を負った経験が『恥ずかしいこと』だと捉えがち」なのだそうだ。傷を負った本人も表明を避けるし、周囲も「触れてはだめだ」という態度をとる。「胃潰瘍で体調が悪い」というのと「トラウマで苦しんでいる」と言うのとでは、社会からの受け止めが大きく違うと言う。

「日本社会では、『心に傷がないのが良いことだ』という意識と、『みんながそうあるべきだ』という意識がセットになっている。トラウマは本来的にマイノリティの体験ですが、どんな人でも抱える可能性があります。にもかかわらず、日本では、『マジョリティーでなければまともじゃない、恥ずかしい』という意識が、強く働いているように思います」


これは、奇しくも米原万里氏が自著「オリガ・モリソヴナの反語法」の中で日本の教育について語っていることと付合する。

「外見上は、皆同じ。それが平等であり、公平である。皆と同じであることから外れるのは、恥であり、恐怖である。そんなことが決して表に現れないように保障してあげることが、学校側の思いやりであると考えているらしいことだった」

また日本社会については、政治学の立場からも同様に考えている人がいる。

「日本は、お互いに助け合う『共助』を忌避する国です。意識調査の結果を見ると、共助を担う市民社会への信頼度は、他国に比べて低くなっています・・・・共助的な組織への信頼度は軒並み低い。他国に比べて慈善団体への信頼度も低く、共助を支える寄付も増えていません」(2023年7月29日付 朝日新聞「『公』立て直すには」、政治学者 坂本治也氏「政治変えて共助を豊かに」から)

桑山氏によればトラウマとは、

「凍りついた記憶と感情です。心に刻印されたそれは、決して消え去ることはありません。何度もよみがえり、そのたびに苦しくなる。時間が経てば軽くなるものでもありません・・・でも、仲間がいるから向き合える。トラウマと共生できるようになる。他の国と比較すると、日本はいまだに、この『向き合い』が苦手だという印象です」

でも、以下のように続けて言う。

「トラウマは『資源』だと考えています。トラウマはバネになる。人生を変える起点にできる、ということです。そのために大切なのは、つらい記憶をなかったことにしないことです・・・『向き合う』ことで人は成長することができる」

文化や言語が違っても、『心の形』や回復の過程は、世界中どこも同じだそうです。大多数のトラウマは社会のなかで癒せる。周囲の力を借りることで、傷と向き合えるようになるのだそうです。だから、うまくいくかどうかは『社会との再結合』にあるのだと。

桑山氏は自身のトラウマ体験から次のように断言している。

「心は、傷ついても必ず回復します。そして回復した心は、傷つく前の心と『全く同じ』ではない。傷ついた皮膚が再生する過程で、デコボコができたり、シミやシワができたりするように、それら全てを含めて「自分らしさ」であり、歩んできた証なのだ」と。

「人の心は強い。ただし、(心のケアには)他人の手が必要です。日本だけができないはずはありません」

と桑山氏は結んでいる。




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