関東弁と関西弁、アクセントが違うだけではないー声優になるために克服しなければならないこと(⁈)
昔、日本語教育長期研修を国立国語研究所で受けていたときの一コマである。カラスの鳴声「カー」。文字に表すと同じなのに、音声にすると違う。一人ずつカラスの鳴きまねをさせられて気がついた。当時日本語教師に求められていたのは、いわゆる「共通語」というか東京方言。ま、関東とりわけ東京山手(もう死語かな?)あたりの発音だった。
先生が聞き分けて、失格になったのは「関西圏」の出身者であった。その時気付かされたのは、関西のカラスの鳴きまねは「有声音」で、関東のは「無声音」だということだ。この無声化には関西の人が苦労するらしい。遠い記憶をたどって説明すると(上手くできるか分からないけど)、ざっと以下のようになる。
関東の「カー」
=[k-a-a]は、最初の[a]が「無声音」になるので、ほとんど[k](無声破裂音)の後は息になる。喉に手を当てると声帯が振動していないのがわかる。そして2番目の[a]が有声音になって、声帯が振動する。関東のカラスはこのように鳴く。
関西の「カー」
=[k-a-a]は、2つの[a]ともに有声音になるので声帯が振動する。しかも関西の無声子音[k]は無声化が弱いとか言われていて、口の前に紙をおいて発声しても、東京方言話者ほど息が出ていないので紙の揺れが少ない。(私には関西の「カー」の鳴き声はできない。私の「カー」は紙が揺れる)
他にもこの無声化ができない例はたくさんある。よく例に上げられるのは、「靴下」(クツシタ)=[k-u-t-u-s-i-t-a]は、東京方言では4つの音が全て無声化されるが(私の場合は「シ」が有声音になる時がある)、関西圏の人はすべて有声音になるので口元の紙は揺れない。
私は、「一型アクセント」圏の出身で、「箸を持って、橋の、端を渡る」の文にある三つの「ハシ」のアクセントに違いを持たない話者であった。この時には東京に暮らして年月も経っていたので、アクセントにはかなり自覚的になっていたし、アクセント辞典で一生懸命学んだものだが、東京方言の話者に対してコンプレックスを抱いていた。東京方言の話者は、日本語教師になるために、発音に関しては我々ほど努力をする必要がないのだから。
でもその時その先生が語ったことは、関西圏出身者は東京方言を話すことに、より苦労するということだった。そもそもアクセントはほぼ真逆だ。
「春」東京方言(は↘︎る) →関西語圏(は↗︎る)
「夏」同上 ( な↗︎つ) 同上 (な↘︎つ)
「秋」同上 (あ↘︎き) 同上 (あ↗︎き)
「冬」同上 (ふ↗︎ゆ) 同上 (ふ↘︎ゆ)
ま、アクセントは何とか直せても、前述の「無声化」は難しそうだ。現役のアナウンサーでもできないようだ。テレビを見ていて、昔取った杵柄が反応してしまう。「あ、この人、関西出身だ」と。天気予報士の「北東の風」の「ホクトウ」=[h-o-k-u-t-o-u) に気づいてしまう、悪い癖。”ク“が無声化していない。
さらに鼻濁音[ng] これも関西圏の話者は苦手だと読んだことがあるが、ほとんど全てのアナウンサーからこの鼻濁音が聞かれない。もう消えつつある音声なのだろう。「私-ガ」「イ-ギ-リス」「メ-グ-ミ」「隠し-ゲ-イ」「タ-マ-ゴ」
これらの音は、本来発声する時に鼻に抜けるのだが、その様に発声している人を見かけない。ベテランのNHKアナウンサーでも「イギリス」の鼻濁音が言えていなかった(特にナレーションではきれいな発音に聞こえない。私にはどうしても耳障りな音に感じてしまう)
今まで述べたことは、特殊な職業に就くのでなければ、何も気にする必要もないことだけど、ネットで調べていたら、昨今ではあの人気の声優になるためには東京方言を話せることが求められるらしい。YouTube には発音講座が載っていた。
音声学をちょっとかじったことで、自分の話す日本語をより自覚するようになったし、世界には色々な発声器官を使って音を出す言語があることも知った。日本人の英語の発音が悪いのも母音の数が5つしかないことが理由の一つであることも理解した。英語の母音は諸説あるが17種類ぐらいあるらしい。それを[a,e,i,o,u]の5つの母音しか持たない日本人がそれらの音を作り出さねばならないのだから、非常に大変な努力を要求される。日本語だけでも東と西ではこれだけ違うのだから。