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『どうかこの声が、あなたに届きますように』(作者:浅葉なつ)を読んで

概要

本作のメインストーリーは、過去に地下アイドルをやっていた「小松奈々子」が、ある事情からアイドルを辞め、とある出会いから「小松夏海」としてラジオパーソナリティになるところから話は進んでいく。そこに近くも      遠くもの様々な登場人物が、時には救われ、時には苦しめられ、それでもラジオと一緒にいたいという人たちを描いた群像劇である。

ラジオの良さ

作中でも一部言及があるが、ラジオは読書と似ている点がある。
それはテレビや映画、漫画ほど情報量が少ない点である。
本は文字のみ、ラジオは音声のみ。
本を読みながら、読者は絵も音も声も動きもないものを頭の中で勝手に想像して創っていく。ラジオも聴こえるのは音声のみからパーソナリティの表情やブース内の楽しそうな、はたまた重苦しい空気感は自分の頭の中で想像し、補完していく。これが一つラジオの面白さであると思う。作中のセリフで良いなと思ったセリフがある。

想像したものは誰にも奪えない

P91

これはスゴク好きなセリフだった。自由に、思い思いに想像出来る楽しさと間違ってない、という赦しを得たように感じられた。

ラジオの透明性

また、ラジオというメディアと登場人物の組み合わせも良いなと。
「小松奈々子」はとある事情から人前に顔を出すことに抵抗がある。そのとある事情から、学校もそこそこにアルバイトで生計を立てている奈々子にとって、顔の出ないラジオパーソナリティという仕事は他の仕事よりもハードルが下がる。かつ「小松夏海」としてもう一人の人間を一から創っていける。これは別の人間を生きるということでもある。そして「夏海」は「奈々子」を表に出したくない。過去に触れれば、それは「奈々子」に触れることとなるから。

何の気なしに始めたラジオパーソナリティだったが、ラジオパーソナリティは思いのほかその人の人となりが浮かび上がってくる。もちろんラジオだとその人のすべてを知れると訳ではないし、そこを演じ切っている人もいるかもしれないが、テレビや他のメディアよりもその”人柄”というところが出やすいメディアかなと個人的には思う。

しかし、「小松夏海」という一パーソナリティとしてみたときに、完全に別個のキャラを演じ切ることも出来ず、どうしても一般論ばかりになって厚み、面白みに欠ける場面が増えてくる。リスナーはそのパーソナリティの”人柄”を知りたくなってくる。
自分もラジオだし、これは一般的に経験ある人多いと思うが、意外と声から感情を読み取ることが出来る(H×Hのセンリツじゃないけど笑)。
感情乗ってないな~、内容一般論ばっかりだな~というパーソナリティであればその人である必要もなく、リスナーの印象も薄く評価も上がらない。
そうした、透明性が、ただの「夏海」に限界を感じるようになる。。

ここがこの作品の面白いなと思うところだが、限界を感じたところから、
現在・「夏海」であるところに過去・「奈々子」をどこまで合わせていくのか?
それとも「夏海」を消して(ラジオパーソナリティを辞めて)「奈々子」に戻るのか?
つまり、過去をどう受け容れていくのかという成長物語が、ラジオというメディアを使うことでより効果的に感じられるようになっていると思う。

ラジオの力

小松夏海以外にも、作中にはいろんな登場人物が出てくる。
特に印象に残っているのは、とある会社員のストーリーだ。
物語は子どもに恵まれず、でも妻と二人楽しく過ごす一人の男性。
最初は妻に「小松夏海」がパーソナリティを務めるラジオ番組を紹介されて、いつもその話題で楽しんでいた。
でもあるときそれが出来なくなる。どんどん成長し変化していく夏海とは裏腹に、成長していくこと自体に苦しめられる。妻と楽しんでいた時のままの放送であればそこに立ち戻れるのにと。。

ラジオは不思議なもので、ヘビーリスナーになればなるほどパーソナリティと1対1で話している気持ちになってくる。ラジオというメディアは誰にでも手に取れる分、リスナーの聴くタイミングによっては救いに、時には苦しくもなる。
そうした、ラジオの不思議な力であり、魅力を感じられるのもこの作品の良いところだと思う。

まとめ

群像劇らしく、話が進んでいくごとに絡み合っていくストーリーがうまく書かれている。また、「ラジオってそういうバチっとハマる回あるんだよね~」「ラジオの面白さってそこだよね~」というラジオが好きな人にとっては分かる!分かる!と作中のセリフに共感しやすく、楽しく、そして同じように熱くなりながら読み進められる。

ラジオというメディアの面白さを普段ラジオを聴く人にとっては改めて知れるし、ラジオを普段聴かない人にとってはちょっと聴いてみようかな思わせてくれる良い作品だと思う。



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