「今」を受け入れることと、隠された切ない恋(吉月生:『今夜F時、二人の君がいる駅へ。』)
今回の本は、吉月生さんのライト文芸作品『今夜F時、二人の君がいる駅へ。』(メディアワークス文庫)です。
「過去に帰りたい僕たちが見つけた唯一の可能性。ただし、戻れるのは、一人だけ。」という帯のキャッチコピーに魅力を感じ、どんな結末が描かれるのかすごく見てみたくなりました。恋愛色が強めですが、タイムトラベルによって過去の自分を乗り越えていく登場人物たちが心に残る作品です。
また、他の青春・恋愛系の作品とはひと味違ったタイムトラベルの描き方にも注目です。
あらすじ
感想
2019年(ちなみに今作が刊行されたのは2020年初頭)から5年後の2024年へ、突然飛ばされてしまった5人の男女。高輪ゲートウェイ駅から始まるこの物語では、5人それぞれの「後悔」と「成長」が描かれます。
5年間で世の中の動きはもちろん、周囲の人間関係だって当然のように変わる。未来へ飛ばされた人の中には仕事や恋人など、失われてしまった大切なものがあった人もいました。
恋人の真夏が病気で亡くなっていたのを知った昴。
恋人が別の女性に奪われた瞳。
5年間で会社の状況がガラッと変わっていた勇作。
どれも一見ショックな出来事ではありますが、それぞれにいたるまでに何かしらの物語が裏であったことがわかっていきます。真実を知ることで、過去の自分をそれぞれで乗り越えていくところがとても印象に残る作品でした。過去を悔やむのではなく、現実を受け入れて前に進むことが大切だと今作は教えてくれました。
また今作には5人の主要人物がいましたが、その中でも1番主人公らしかったのは晟生かなと私は思いました。タイムトラベルに関する重要なカギを握る晟生ですが、一方で彼と瞳とのラブロマンスも印象的に描かれていました。
はじめは失恋への愚痴を吐く瞳に対して、ズバズバと彼女の弱みを指摘していた晟生ですが、何度か関わるうちに彼女を「女性」として意識するようになります。瞳に出会うまで「恋」というものをよく知らなかった晟生のピュアな感情も見逃せない作品でした。
晟生と瞳の関係はいいところまで進んだものの、晟生が「ある人物」を助けたことによって、この恋は叶わないものになってしまいました。他の人物の視点であれば今作は充分「ハッピーエンド」といえると思います。だけど、晟生視点のラブストーリーとして見てみると、切なさがひたすらに残るラストのようにも感じられました。
今作は「タイムトラベル」を単に物語を盛り上げる演出として描くのではなく、科学的な観点から「実際にできるもの」として描いていたところが非常に夢があって面白いと思いました。もしタイムトラベルが当たり前の時代になったら…とちょっぴり妄想も楽しい作品でした。
実は以前にも吉月さんの作品を読んだことがあるのですが、雰囲気がすごく変わっていて驚きました。メディアワークス文庫に限らず、類似作品が多いジャンルではありますが、理系な話題を作中でたくさん取り入れていたところはこの作家さんの個性に充分なりそうですね。
今作の次に刊行された作品も理系要素が入った青春小説だそうなので、機会があれば読んでみたいです。