マガジンのカバー画像

短文バトル

12
運営しているクリエイター

記事一覧

強さを手に入れるための靴。

15センチのピンヒール。

それは、10代後半の私のアイデンティティ。

ギャルになろうと奮闘していた私の中では15センチのピンヒールこそが、1番女性の足を美しく魅せてくれるものだと信じていた。

初めて購入したヒールは、立川のエスペランサにて、ゴールドのプラットフォームでオープントゥの15センチのピンヒールだった。

私は無敵になれるとそれを試着して確信した。

国立駅から中央線に乗り約40分。

もっとみる
短文バトル「コーヒー」オススメ記事

短文バトル「コーヒー」オススメ記事

今回の短文バトル222のお題は「コーヒー」でした。

お題について考えを巡らせるために、コーヒーを淹れることにしました。お湯を沸かして、ペーパーをドリッパーにセットして、計ったコーヒーを入れる。蒸らす為の少量のお湯を淹れた瞬間、コーヒーのアロマがふわりと広がる。思い出すきっかけなどまずないような記憶が、その香りとともに思い浮かびました。

この香りが過去の記憶を呼び起こす現象を「プルースト効果」と

もっとみる
黒と白の渦を追って。

黒と白の渦を追って。

こげ茶色のカップに注がれた黒い液体。

トングで角砂糖を1つ落とす。

ティースプーンでクルクルと混ぜると、黒い液体に小さな渦ができる。

その渦の端から、注ぎ込まれるミルクが流れに沿って白い渦を描いていく。

黒と白いが混ざりカップの色に近づく。

私はその工程を膝の上からまじまじと眺めていた。

いつのまにか私はコーヒーを飲むようになった。

家で角砂糖やミルクピッチャーに出会うことはなかった

もっとみる
短文バトル「手紙」オススメ記事

短文バトル「手紙」オススメ記事

前回まで短文バトルのオススメをTwitterで書いていたのですが、今回からnoteで書くことにしました。

さて、今回の短文バトルお題は「手紙」。

私は現在も恩師や友人と文通することがあります。ですが、今回文章を書く時にすっかり忘れていました。みなさんの手紙についての文章を読んだことが呼び水となり、自分の忘れていた様々な記憶が呼び起こされました。同じお題で書く「短文バトル」の楽しみ方のひとつだな

もっとみる
想いは伝えなければ、肉体と共に消えるだけ。

想いは伝えなければ、肉体と共に消えるだけ。

余命が残り少ないと知っている人間は大切な人へ手紙を残す。

その人亡きあと、残された人はそのメッセージを胸に抱いて人生を歩んでいく。

映画でも小説でもよくあるシチュエーション。

当然、私も手紙をもらえるのだと思っていた。

その手紙には、私が知らない秘密、後悔、愛のメッセージが書かれているはずだった。

20年近く経った今でも、私はまだその手紙を受け取っていない。

希望と憤りが混ざって澱とな

もっとみる
すべてが真っ白な部屋の隙間で。

すべてが真っ白な部屋の隙間で。

心臓のあたりがとても重たい。

指先まで凍るように冷たい体。

頭にはきっと酸素がうまく行き渡っていない。

夕陽が皮膚を通したピンクと黒でチカチカする。

イヤホンから流れる好きだったはずの音楽さえ、今は私の心を揺さぶらない。

サブウェイが最寄りの駅に着く前から、鍵は握りしめていた。

すべてが真っ白な部屋に辿り着き、鍵を閉める。

壁とベッドフレームの隙間にカラダを入れ込む。

カラダが圧迫

もっとみる
ただ待つことはできない。

ただ待つことはできない。

「ごめん!仕事で遅くなる!」

もうあと数分で会えると思っていた相手からLINEが届く。

これでもう何度目になるんだろう?

そうなるかもしれないとわかってはいた。

私はボーッとスマホの画面を眺める。

視界の端に待ち合わせに成功した人たちが映る。

新宿駅東口の改札を背に歩み始め、数十秒と経たないうちにお店へ入る。

「白穂乃香1つ」

「もう取り扱ってないんです」

長いこと来ていなかった

もっとみる
名前も知らなかった紙。

名前も知らなかった紙。

19字詰め10 行のコピーされた洋罫紙。

マス目の上に、向かい合う龍の頭。

その間に篆書体で書かれた4文字。

「山」と「石」しかわからなかった。

その名前も知らない、美しくデザインされた紙は課題の為に毎週配られた。

その紙に向かうとき、こちらもその紙に見合うものを書きたくなった。

4年前ある「先生」の没後100年に、その原稿用紙が生まれた経緯と書かれていた文字を知った。

私はその「先

もっとみる
同じことばを話さない友達のこと。

同じことばを話さない友達のこと。

昇降口をくぐり、うわばきに履き替える。

中庭へ続く扉へ向かい、その前にいるオウムにあいさつを。

外に出てすぐの場所にいるフェレットの頭を撫でる。

目の前には人工池、そのすぐ隣はグリーンハウスの骨組みでできた飼育小屋。

鶏やウサギ、クジャクの夫婦を横目でみて、低学年の校舎向かう。

渡り廊下を利用しなければいけないが、こっそり中庭を通った。

高学年になったら「愛育委員」になるんだ。

なに

もっとみる
コレクションとは、箱に収めたい願望からはじまる。

コレクションとは、箱に収めたい願望からはじまる。

弟や従兄弟たちと一緒にミニ四駆で遊んでいた。

ミニ四駆とはタミヤが発売するレーシングトイである。

私たちは別売のパーツを使い、車体を変形させてマシンを改造し、レースを楽しんだ。

しかし私が1番好きだったことはツールボックスを持つことであった。

それは、マシン、パーツ、道具を持ち運ぶための取手のついた箱だ。

蓋を開けるとトレーが2段に広がる。

その箱を開け中に収まったものを眺めることは、

もっとみる
イルカは片目を閉じて夢をみるか?

イルカは片目を閉じて夢をみるか?

イルカは片目を閉じて寝る。

「半休睡眠」という、左右の脳を交互に休ませる睡眠法だ。

その時休んでいる脳の反対側の目は閉じている。

半分づつ寝るとはどんな心地なのだろう?

人間に生まれた私にはわからない。

徹夜をする度に、今だけでいいからイルカになりたいと思う。

そう願って片目を閉じてみると、もう片方の目まで閉じてきてしまう。

全然ダメだ、イルカにはなれない。

空が白みだした頃、すべ

もっとみる
歩くことでみつけた、母と私の発見。

歩くことでみつけた、母と私の発見。

「こんなに歩く生活、お父さんが生きていた頃はまったく想像できなかった」

そう母が言ったのは、犬の散歩の帰り道、細い路地を曲がったときのことだった。

「わー、お嬢発言でたよ」と茶化した。

私は、母の言葉だけを頭の中で反芻しながら、左右に揺れる短いしっぽを眺めた。

私は、母と一緒に歩いた記憶がほとんどない。

母と出かける時は、いつも車だった。

車を運転する母は、前しか見ない。ただ、ひたすら

もっとみる