超短編小説『孕む』

愛されている証が欲しかった。

形のある、確かな証が。

彼は「子どもはまだいらない」と言う。

仕事が忙しいから、とか、二人の時間を大切にしたいから、とか、言葉を尽くしてごまかしてくるけれど、本当は違う。

ただ、自分の痕跡を私の中に残したくないだけ。愛の証なんて必要ないって、何もなかったことにしたいだけ。


だから私は、こっそり集めた。彼が使ったティッシュを拾い、まだ乾いていないものを選んで、自分の中に押し込んだ。

寝ている間にコンドームを漁り、中身を指で掬って、できるだけ奥に流し込んだ。

毎晩のように繰り返した。でも、何も変わらなかった。腹は膨らまない。

彼の愛を抱いている実感が湧かない。


私は、どうしても彼のものが欲しかった。

だから、ある夜、私は彼を拘束した。


仕事で疲れ切っている彼の、眠りは深い。手首と足首をベッドに縛りつけても、起きる気配すらない。

私は慎重に動いた。

首を締めるわけじゃない、痛いこともしない、ただ、確実に彼のものを手に入れるために。

小さく息を吐いて、カッターナイフを握った。

そっと、下腹部に刃を当てる。浅く切るだけでは足りない。皮を裂き、脂肪をかき分ける。じわりと血が滲む。私は震える指で慎重に進めた。最も大事なものを傷つけないように。

傷口が深くなり、彼が目を覚ました。

「っ…あ。が、ぁぁ…!」

悲鳴が上がる。手を振りほどこうと藻掻くが、拘束があるから逃げられない。

私は素早く手を差し入れた。ぬるりとした感触。指先に触れる柔らかいそれを掴んで、私は引き出した。

「よかった……」

震える声が漏れた。これで、確実に彼のものが私の中に入る。私は迷わず、それを自分の奥へ押し込んだ。熱い。生きているものを孕んでいる実感がする。指でさらに奥へ押し込む。彼が泣き叫ぶ声が聞こえた。

「なぁ…やめろ…!なんでこんなことっ!!」

「大丈夫、大丈夫だから」

私はお腹を撫でた。こんなにも確かな愛が、今、ここにある。私はついに、彼のすべてを受け入れられた。

私は微笑んだ。呻き声を上げている彼の手を握る。あとは、全部受け入れるだけ。彼のものをすべて、私の中に収めれば、きっと。



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